
お世話になった登山家の、一番好きな食べものがクレープだった。エヴェレストへアタックする前の減量期間、クレープを我慢しなければならないのが一番つらいと言っていた。山の恐怖より、クレープ断ちの方がこたえるらしい。それを聞いたとき、なんだそれは、と笑いつつも、妙に心に引っかかって、それ以来、僕の中でクレープの位置づけはすっかり変わってしまった。

それまではクレープを自分から進んで食べることはなかった。しかし登山家が亡くなってから、命日の5月21日と、誕生日の6月9日には、毎年コンビニでクレープを買うようになっている。

2025年。12年ぶりに新宿から故郷の桜井に戻ってきたのだが、駅前をうろついて、まさかのものを見つけてしまった。クレープ屋。しかもテイクアウト専門。桜井駅前に、である。

その名も 「Little Joy Crepes」。なんというか、名前だけでちょっと胸がムズっとしてくる。心がウキウキ。2023年7月10日オープンとのことで、年の若い店だが、駅前の風景になじむのがやけに早い。

テイクアウト、食べ歩きクレープ専門店。場所は桜井駅南口の目の前。駐車場はないが、南口に一時間無料の駐車場が5台分ある。徒歩1分。水曜日・日曜日・祝日は休み。

土曜も臨時休業があるので、来る前には電話かInstagramの確認を推奨。ワンオペの日が多いので三つ以上注文するときは電話予約推奨。

種類は多く、スイーツクレープ、おかずクレープ、定番のバナナチョコ、メキシカンタコス、プルコギチーズみたいな攻めたやつまである。つい食指が動いてしまうではないか。

全種類を制覇するには、なかなか骨が折れる。品数の少ないお店も好きだが、スイーツは種類が多いほうが華やかであることは間違いない。

初めて店を訪れたときは、定番にして王者のバナナチョコ(500円)と、母親のためにチョコカスタード(400円)を買った。
で、これが、うまい。どのへんがうまいかと言えば、甘さ控えめで、気取らない。大人ぶった小難しい味でもない。妙に素朴なのに、優しさだけはやたら深い。
生地が頼りないクレープもあるが、ここのは違う。ハチミツ入りでモッチモチ。しっかりクリームとバナナを抱きしめて離さない。SMAPの “Joy!!” がBGMで脳内再生される。あの感じ。スイーツとは、音楽である。そう悟るくらい。
これから栗城さんの命日と誕生日には、コンビニではなく Little Joy Crepes に走る。この小さな店の前に立つだけで、遠くヒマラヤの風まで、ほんのすこしだけ吹いてくるような気がする。
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。