大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

琴平神社〜桜井の片隅で、四国の霊験、こんぴら信仰に触れる

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石を投げれば歴史にあたる奈良県桜井市では、所在のはっきりしない寺社仏閣も少なくない。桜井市桜井の住宅街にある「琴平(ことひら)神社」もそのひとつだ。

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大相撲の土俵を引いたら埋まってしまうほどの狭さ。場所は桜井高校の近くで、学生服姿の女子高校生が自転車で何度も通り過ぎていく。閑静な住宅街の中にありながら、地元の人がどれほど参拝しているのかは定かではない。

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隣の集会所には、等彌神社の祭りの告知が掲げられている。「琴平」と名のつく社は桜井市内に4つ以上ある。多くは独立した神社ではなく、若宮社・大直禰子神社の境内にある「琴平社」、あるいは三輪坐恵比須神社の摂社「琴比羅神社」といった形だ。

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その中で、この桜井の琴平神社は単立社である点が少し珍しい。ただし、創建の経緯や祭神については記録が残されておらず不明である。これほど情報が少ない神社も珍しい。境内には寄付をした人の名を彫った石があり、桜井市長の松井正剛さんのものが一番目立つ場所にある。ここから数十メートル歩いたところが、ご実家の歯医者だ。

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推測ではあるが、桜井の琴平神社は香川県の金刀比羅宮(通称こんぴらさん)を勧請したものだろう。金刀比羅宮は大物主神と崇徳天皇を祀り、航海安全をはじめ農業、商売繁盛、交通安全まで幅広い御神徳で知られる。江戸時代には「こんぴら参り」が庶民の憧れの旅となり、その人気から全国に琴平神社や金毘羅神社が建立された。

桜井の琴平神社もその流れを汲み、地域の人々に信仰されてきたはずだ。大神神社をはじめ古社が多い桜井にあって、琴平神社は四国の霊験を身近に受けられる場として意味を持った。農耕に従事する人々や、商いや旅を生業とする人々にとって、暮らしを守る神として拠り所となってきただろう。

神社の規模は大きくないが、その背景には江戸時代の交通や経済の広がりがある。桜井の町が外の世界と結びついていた証ともいえる。社殿の佇まいには、地域の人々が代々寄せてきた祈りの重みが静かに刻まれている。

桜井にある琴平系