
故郷である大和(奈良県)の桜井には”神々の山嶺”がある。標高467mの三輪山(みわやま)。『古事記』『日本書紀』『万葉集』に記された日本で最も歴史の古い山の一つ。

地元のひとは親しみをこめて「三輪さん」と呼び、神事の関係者は畏敬を込めて「神山(みやま)」と呼ぶ。

桜井の町から望むと、朝日の薄いガーディガンを羽織ったように美しく煌めく。
三輪山の名前の由来

三輪山の名前にはいくつかの説がある。昔は「美和山」とも書かれた。
「ミワ」の語源

「ミワ(神の居るところ)」が語源であり、神聖な地を指す言葉である。「ミ(神霊)」+「ワ(環、結びつき)」と解釈する説もあり、神霊が集う場所を意味する。
三輪氏との関係
古代の有力豪族である三輪氏(物部氏や出雲系と関係が深い氏族)がこの地を本拠とし、その名が付いたという説。
地形的特徴

三輪山の山並みが「輪」のように見えることから「三輪」と呼ばれたという説もある。
三輪山への登拝
登拝出来ない日

- 元日から三日(正月三が日)
- 1月15日:祈年祭
- 4月9日:午前 鎮花祭
- 10月24日:秋の大神祭
- 11月23日:新嘗祭
※悪天候のほか事情により登拝不適切と判断した場合

受付300円

三輪山への登拝は江戸時代までは、神職や氏子などの関係者のみだった。

現在は一般にも解放され、受付は午前9時から午後2時まで(下山は午後4時まで)だったが、2025年には朝9時から10時半までと、午前中のみとなっている。
三輪山登拝祈願申込書

三輪山登拝祈願申込書に名前、人数、入山時刻、電話番号、緊急連絡先を書いて受付に渡し、初穂料(入山料)の300円を払う。初めての場合は説明を受ける。

首にかける三輪山参拝証と、三輪山登拝祈願申込書の2枚目をもらう。複写になっており、2枚目は下山したあとに受付に三輪山参拝証と一緒に返却する。

登拝口では、タスキを左、右、左と祓い、お清めをする。

この先、カメラ等の撮影は一切禁止、水分補給以外の飲食禁止。登山ではなく、登拝と呼ばれるのはこのため。
三輪山は登山道が撮影禁止なので、なかなか全容が分かりにく、登拝道は整備されているが、なかなかの急登に面食らう人が多い。
登拝ルート

- 丸太橋
- 中の沢
- 三光の滝
- 水呑台
- 中津いわくら
- 烏さんしょう
- こもれび坂
- やしろ前
- 奥津いわくら
山中に上記標識(1〜9)が立てられている。現在位置表示の目印になる。
最初が急登になり、ところどころ平らな道と急坂が交互に現れる。特に、ラストは一度、平らになって安心すると、再び急坂になるので、ここで心折れる人もいる。

標高467mと低いので簡単に登れるように思うが、距離は往復4キロで、登拝は一般のコースタイムで往復2〜3時間ほど。東京の高尾山で最も急な稲荷山コースと同じか、それ以上に体力が必要。
休憩箇所も一つだけで、どこで休めばいいのか分かりにくく、年配の登拝者が途中でバテて救助隊が出動することも多い。万が一、体調が悪くなったら「大神神社社務所」に電話する。電話番号:0744-42-6633
登山の基本は、1分間に60歩が疲れにくいペース、山道の基本スピードは時速2km(平地は4km)なので、いつもの半分ほどのスピードで歩くと良い。
山頂

三輪山の山頂は、眺望が開かれず、深い森の中にある。高宮神社(こうのみや)が鎮座し、御祭神は、日向御子神(ひむかいのみこのかみ)。つまり太陽神を祀っている。
「高宮神社」という名前だが、本来の名前は「神坐日向神社(みわにますひむかい)」だと考えられている。現在その名の神社は、南北朝時代にあった大和三輪城の北にあり、明治時代の廃仏毀釈の際に、なんらかの事情で社名が入れ替わったと思われる。

三輪山には樹齢1000年を越える大木がないことも不思議。一説によると、織田信長が橋の建造のために700本もの大木を伐採したからといわれている。山頂は眺望が開かず高宮神社という小さな社があるだけ。山辺の道を戻るなら、途中で大和三山の耳成山が登山を労ってくれる。いつも故郷の山に癒され、歩いて10分ほどの実家へ帰途につく。
毎月の三輪山の登拝日記
三輪山の下山メシ
和カフェ「山辺の道 花もり」

映えるスイーツが話題になり、数々の雑誌で取り上げられるのが狭井神社の脇の山辺の道沿いにある和カフェ「山辺の道 花もり」。創業は2005年。古民家を改装した店内は木の温もりに包まれ、外には木製のテーブルや椅子が並び、木漏れ日の下で食事を楽しむことができる。

「花もり野菜膳 そうめん付き」は、腰のある素麺が涼やかで喉ごしが良い。天ぷらや野菜の煮物は専門店顔負けの美味しさ。

「挽きたてきなこのわらびもち」は、月ヶ瀬村の大和茶が添えられ、口の中でふわりと溶ける食感。コーヒーミルで挽いたばかりのきな粉は香ばしく荒削りで、雪の粒をかむような独特の歯触りがある。自家製の黒蜜を少し垂らすと風味が一層引き立ち、日本一のわらび餅となる。三輪山から下山したら、必ず寄ってほしい和カフェだ。
三輪山の文化史

三輪山(みわやま)は、奈良県桜井市にある標高467メートルの山。古くから神聖な山として崇拝されてきた。現在も、三輪山全体が大神(おおみわ)神社のご神体とされ、登拝には特別な許可が必要である。

三輪とは『古事記』に登場するオホタタネコの衣に縫われた「三巻の糸」のことで、オホタタネコは、美和大神でもあることから、「美和山」とも伝承されている。

三輪山は『古事記』や『日本書紀』にも登場し、神話と深く結びついている。特に、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)がこの山に鎮まる神として崇められ、三輪山信仰の中心となっている。『日本書紀』には、御諸山(みもろやま)、 美和山、三諸岳(みもろだけ)と記されている。
大物主は、国造りの神様で、ご利益として、五穀豊穣・酒造繁栄・商売繁盛・縁結び・病気平癒など幅広い。特に「酒の神」として名高く、今も全国の杜氏や酒蔵から厚く信仰されている。
三輪山は神そのものであり、本殿を持たない「三輪山信仰」が特徴である。これは、原始的な神祀りの形態を今に伝えるものであり、日本最古の神社の一つとされている。
日本武尊の歌碑

三輪山の西麓には桜井出身の英雄・ヤマトタケルが詠んだ歌碑がある。「大和は 国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 大和し 美し」

「まほろば」は最も素晴らしいという意味。歌の<山>は、三輪山や大和三山(耳成山・畝傍山・天香山)を指している。
ちなみに『日本書紀』では、この歌を詠んだのは、ヤマトタケルの父で第12代・景行天皇とされる。
額田女王の歌碑

万葉の歌人・額田女王(ぬかたのおおきみ)は「三輪山を しかも隠すか 雲だにも こころあらなむ 隠さふべしや」と詠んだ。近江に都を遷するとき、「愛しい三輪山を雲に隠さないでほしい」と悲しんだ歌。三輪山はいくつもある《名山》とは違い、ふるさと大和にとって唯一無二の《神の山》。昔、サラブレッドに「シンザン」という名馬がいたが、まさに三輪山こそ「神山」といえる。
三輪山までのアクセス

三輪山に登拝するなら、最寄りのJR桜井線・三輪駅から登拝口を目指すのが一般的だ。時間が許すなら、桜井駅から「山辺の道(やまのべのみち)」を歩くことをおすすめしたい。 迂回路にはなるが、約30分の道のりが、旅をより味わい深いものにしてくれる。

山辺の道は、三輪山の麓から奈良市の春日山へと続く 日本最古の歴史街道。かつての趣を残すこの道を歩けば、歴史の息吹が肌で感じられる。
仏教傳来の石碑

駅から30分ほどの迂回路ですが、桜井駅から15分ほど歩くと538年に仏教が伝来した場所がある。初瀬川を渡って中国から仏教が伝来された。小学生の頃、よく川遊びをした場所。
海柘榴市観音

さらに進むと金屋(かなや)に入り、今では観音のみですが日本最古の市場である海石榴市(つばいち)がある。椿市とも書き、『枕草子』では清少納言が長谷寺を参るときに訪れた。当時は海柘榴市の他に辰の市、里の市もあったようで、「観音の縁のあるにやと、心ことなり」と、「観音さまのご縁があると思うと、格別な感じがする」と書いている。清少納言は長谷寺へのお供物を海柘榴市で買ったようだ。
山辺の道

山辺の道は三輪山の麓から奈良市の春日山までを縫う道。今では東海自然道と味気ない名前で呼ばれているが、我が国で最古の歴史街道。
大神神社

山辺の道を10分も歩けば、日本最古の神社である大神(おおみわ)神社に着く。大神神社は三輪山を神体としているため本殿がない社。初詣には毎年50万人が訪れ、人口5万人の桜井が飽和状態となる。
狭井神社

大神神社を抜けると、いよいよ三輪山の登拝口である狭井(さい)神社に到着。
ここで登拝料300円を払い、諸注意を受ける。
おまけ:三輪山の神様が祀られている本当の場所

※この先は撮影禁止
一般には、大神神社の祭神・大物主神は、三輪山の山頂にある奥津磐座に鎮座しているとされる。実は、これはカムフラージュ。

昔、大神神社に仕えていた神職の話によると、本当に神が鎮まる磐座は、辰五郎大明神の奥にある2つの磐座。これは公にはされておらず、ごく限られた関係者のみが参拝している。貴重な機会なので、大神神社を訪れる際は、辰五郎大明神のさらに奥にある磐座に足を運んでみてほしい。
コラム:ある日の三輪山、沈黙の山
奈良には言葉を持たない場所がある。三輪山も、その一つ。
大神神社の境内に入り、拝殿の前で立ち止まる。ここには本殿がない。それは、この背後にそびえる三輪山そのものが御神体だからだ。太古の昔から、人はこの山を見上げ、畏れ敬い、言葉を持たずに祈った。
三輪山への登拝は許されているが、ルールがある。撮影禁止、飲食禁止、そして沈黙を守ること。山道に入ると、外界の音が消える。湿った土の匂いが鼻をくすぐり、踏みしめる足元からは枯葉が微かに鳴る。苔むした石、うねる木々の根、そして、どこまでも続く静寂。
登るにつれ、世界の境界が薄れていく。鳥の囀りが遠ざかり、木々のざわめきだけが耳を満たす。ここには歴史の痕跡も、人の営みの影もない。ただ、山があるだけだ。
やがて、頂上に着いた。標識もなければ、展望台もない。ただ木々に囲まれた小さな空間が広がるだけ。ふと目を閉じる。風が吹く。冷たく、澄んだ風が頬を撫でる。その瞬間、言葉にならない感覚が胸の奥から湧き上がった。
幾度となく旅をしてきたが、こんなにも「何もない」場所は珍しい。その「何もなさ」が、充足を与えてくれる。文明のざわめきから遠く離れ、静かに山と向き合う時間。
山を下り、大神神社の拝殿に戻る。振り返ると、三輪山はそこにあった。変わらず、何も語らず、ただそこに在り続ける山。言葉にできないものは、時として最も雄弁だ。
沈黙とやすらぎの往還。この山は、そういう場所なのだ。
神の山への祈り
秋の大神祭
三輪の神酒