
11月の三輪は、空気が澄んでいて、季節がひとつ深まったことを、肌が先に理解する。参道の紅葉は、赤と緑がまだ入り混じり、朝の光を柔らかく弾いていた。

2025年11月13日、大神神社の拝殿前には、「酒まつり」醸造安全祈願祭を知らせる白い幕が張られ、境内は早朝から静かな緊張を孕んでいた。酒樽がずらりと積まれた拝殿前。その奥で、今年の杉玉が吊るされるのを待っている。

午前9時10分。拝殿の横で、白衣をまとった職人さんたちが大きな球体を囲んだ。重さ200キロ。神輿を担ぐように肩へ棒を入れ、息を合わせる。

杉玉は、まだ生まれたての色。深く、青く、密度のある“気”を抱え込み、触れれば霜が降りそうなほど濃密。一年を経て茶色くなり、酒の熟成を人々へ伝えてきた球体は、眠るように静かだ。その対極に、新しい杉玉は命の塊のように青く、重たい。

杉玉には、ふたつの意味がある。ひとつは「神への捧げもの」。もうひとつは「人々に知らせる合図」。青々とした杉玉が吊るされれば、「新酒ができました」。一年を経て茶色く変われば、「酒が熟してきました」。その色の変化が、酒の時間を伝える。

大神神社は、日本酒発祥の地であり、杉玉発祥の地。今年から、母が杉玉づくりに関わるようになった。手がけているのは30センチほどの小さな杉玉で、全国の酒蔵さんや酒屋さんへ届けられる。2年前に父が亡くなり、三輪そうめんの製造を廃業した。母は、同じ三輪の伝統へと手を伸ばし、新たな役割を担い始めた。

杉玉は、やがてウィンチの力を借りてゆっくりと浮かび上がる。軋む音が拝殿に吸い込まれ、杉玉は緩やかに上昇する。その姿は、生まれたばかりの星。

光をまとうように青く、丸く、圧倒的に静かで、そして清らかだ。その一瞬、三輪の地に、また一年の“氣”が満ちていくのを、誰もが感じている。

時刻は10時。祈祷殿で掛け替えの第二幕が、静かに始まる。まずは、役目を終えた昨年の杉玉を下ろすところから。お賽銭箱が脇へ滑らせられ、柱が傷つかないように白い座布団のような布が巻かれる。

やがて、茶色く枯れた杉玉が鎖に揺られ、ゆっくりと降りてくる。

一年という時間を抱えた塊は、光を吸い込みながら、老いた旅人が最後の階段を下りるようである。

地に降りた杉玉は、青いシートに包まれ、静かに退場する。寿命は一年。それ以上の役割を望むでもなく、ただ淡々と季節の移ろいを伝え続けてきた。その去り際は美しい。

10時50分。社務所の奥から、今年の杉玉が運ばれてくる。

慎重に、慎重に。職人さんたちの肩が杉玉を支える。秋祭りの神輿の賑やかさとは違う神聖さがある。

祈祷殿へ上がる階段では、床を擦ることは許されない。重量は約200kg。ただ担ぐだけでも相当の力がいる。足を揃え、肩を寄せ、息を合わせた職人さんたちの所作は、神事そのもの。

祈祷殿に上がった杉玉は、再びウィンチでゆっくりと昇っていく。

途中で脚立に上り、ハサミで枝先を切っていく。髪を整えるように、全体が丸く見えるように微調整していく。

吊るし終わると、お賽銭箱が元の位置に戻される。儀式がひとつの節目を迎えたことを知らせていた。

最後に、巫女さんが白い袖を揺らしながら進み出る。背伸びをするようにそっと腕を伸ばし、新しい杉玉の下へ札を吊るす。

「志るしの杉玉」は、酒造りの神・大物主大神が鎮まる神の山の杉をいただいたことの証。

青々と輝く杉玉が、今年も三輪の社頭に鎮まった。これからしばらくして、杉の葉が少しずつ色を変えていく。その変化に歩調を合わせるように、全国の酒蔵では新酒が生まれ、旅をはじめる。日本中を駆け巡る“新酒の季節”。その最初の合図が、今ここで、静かに吊るされた。
|
|