
『すくってごらん』は、2021年に公開された日本映画。大谷紀子の同名人気コミックを原作に、真壁幸紀が監督を務めたミュージカル・コメディ。
主演は尾上松也(映画初主演)、ヒロインには百田夏菜子。大手銀行から片田舎の奈良・郡山に左遷されたエリート銀行マンが、金魚すくいという伝統的な遊びを通じて心を解きほぐし、人との関わりや生きることの意味を見つめ直していく。
映画のロケ地

撮影は約1ヶ月。設定は大和郡山市だが、実際の町並みは、橿原市・今井町がロケ地となっている。金魚すくいの指導は、大和郡山市・金魚すくい道場「おみやげ処 こちくや」が行った。

劇中で使われた白いグランドピアノは、宇陀市・大宇陀温泉「あきののゆ」に現在も展示されており、実際に引くことができる。
今井まちなみ交流センター「華甍」には、映画公開時、使われたセットや衣装などが展示されていた。

宇陀にある阿紀神社の能舞台も、この映画のロケで使われた。

今も境内には、映画のポスターが貼られている。
スタッフ

- 監督:真壁幸紀
- 原作:大谷紀子
- 脚本:土城温美
- 撮影:柴崎幸三
- 製作:元村次宏、梶原富治、瀬崎秀人
- 音楽:鈴木大輔
- 照明:谷本幸治
- 録音:赤澤靖大
- 主題歌:百田夏菜子(役名=生駒吉乃として歌唱)
- 製作:ギグリーボックス
- 編集:瀧田隆一
撮影カメラマンは『ALWAYS 三丁目の夕日』や『永遠の0』などを手がけた柴崎幸三。
監督の真壁幸紀は映画館での音響を意識し、香芝誠の心の声は上から聞こえ、水の音は後ろから響くようにしている。
キャスト

- 香芝誠:尾上松也
- 生駒吉乃:百田夏菜子
- 王寺昇:柿澤勇人
- 山添明日香:石田ニコル
- 川西:矢崎広
- 三宅:大窪人衛
- 寛子:清水みさと
今回のキャストは、ミュージカルの舞台経験のある役者をキャスティングしている。尾上松也は初主演、百田夏菜子は初ヒロインと、フレッシュな主役になるようにしている。

劇中でヒロインの生駒吉乃が弾くピアノの音も、百田夏菜子が実際に演奏したものを使っている。石田ニコルもギター初挑戦で、この映画のために練習を重ねた。
あらすじ

東京の大手銀行に勤める香芝誠(尾上松也)は、ささいな失敗をきっかけに奈良の支店へ左遷される。心を閉ざし、仕事だけを拠り所にしてきた誠は、自らの挫折に打ちのめされていた。そんな彼の前に現れたのは、金魚すくいの店を営む女性・吉乃(百田夏菜子)。透明な水にゆらめく金魚と、彼女の飾らない優しさに触れるうち、誠の心は少しずつほどけていく。やがて誠は「すくう」ことの意味を問い直しながら、自分自身の生き方を掘り当てていく。
映画レビュー:『すくってごらん』—奈良の水に映る、壊れやすい生の哲学

奈良の町を舞台にした『すくってごらん』は、表向きには「恋と再生の物語」でありながら、実際には「人生とはなにか」を水槽越しに問いかけてくる。金魚すくいは遊戯であると同時に、残酷さを宿している。
ポイの紙一枚を隔てて、人は命に触れようとする。掬い上げれば、紙は破れ、水は零れ、命は掌に収まらない。
幼少のころ、夜祭で金魚を何度もすくったが、いつも次の日には命を奪ってしまった。その後悔は、今も胸に棲みついている。金魚すくいは楽しい憶い出ではなく、心の黒い闇。
再び、金魚すくいをやろうと思わない。だが、夜祭には、金魚すくいは存在し続けてほしいと思う。すくうとは、掴むことではなく、壊れることを承知で手を伸ばす行為なのだ。
主人公の香芝誠は自虐して言う。「日本の中心地・東京から、地方の盲点へ」。その言葉には、左遷という形でたどり着いた奈良という土地を皮肉っている。だが「盲点」とは、見えない場所であると同時に、新しい視点が開かれる場所でもある。奈良の水面に漂う金魚は、東京では見過ごされてきた「小さな命の輝き」を誠に突きつける。
金魚掬いにあるのは、小さな命を見つめる緊張感と、同時に小さな眼差しから見返される緊張感。生を掌に収めることはできない。むしろ、命の儚さを直視することのほうが人を震わせる。誠は合理や数字で世界を測ろうとしてきたが、奈良の夜店の水槽の前では、その尺度が通用しない。計算ではなく呼吸と手触り。効率ではなく儚さ。奈良の素朴な景色は、失敗を受け入れながらも続いていく生のリズムを映し出している。
印象的なのは、王寺昇の言葉だ。「金魚は大きな水槽で育てると、大きく育つ。小さな水槽で育てると、小さいまま育つ」。このセリフは、奈良で生きる人間の心に重くのしかかる。閉じた環境は人を小さく押し込める。だが、その小ささの中にこそ、逆説的に「生の輪郭」が浮かび上がる。香芝誠もまた、東京という大きな水槽から外れ、奈良という小さな水槽に沈められることで、はじめて自分の大きさと小ささを知る。
金魚すくいとは「人が人をどう扱うか」の縮図である。他者を完全に手に入れることはできない。関わろうとすれば破れる。だが、その破れの中にこそ、寄り添うことの真実がある。誠と吉乃の関係もまた、掬っては零(こぼ)れる儚さの中でしか形を持たない。
この映画は、奈良の静かな町並みと金魚のゆらぎを通し、観る者に「あなたは何を掬い、何を零(こぼ)すのか」と問いかける。人生は完全に掌に収めることはできない。破れながらも手を伸ばし続けることが、生きるという行為なのだ。
『すくってごらん』は、金魚すくいを単なる地方の風習としてではなく、「有限な命をどう抱くか」というテーマに触れている。奈良の水に映る小さな赤い影は、誰もが持つ人生の儚さと、同時にその美を静かに照らしている。
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大和郡山の祭りの歌
奈良を舞台にした映画
映画『すくってごらん』の舞台