
味酒(うま酒) 三輪の祝(はぷり)の 山てらす 秋の黄葉(もみじ)の 散らまく惜しも
現代訳
うま酒で名高い三輪の神山(三輪山)に仕える祝(はふり=神官)よ。
その山を照らす秋のもみじが、散ってしまうのが惜しいことだ。
歌の意味

この歌は、奈良県桜井市の三輪山(みわやま)を詠んだものである。三輪山は古来より神の鎮まる山とされ、日本最古の神社の一つである大神神社(おおみわじんじゃ)のご神体。
「味酒(うまさけ)」は三輪にかかる枕詞で、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る三輪の地が、古くから「美しき酒」「神聖な酒」の産地であったことに由来する。
「祝(はふり)」は、神に仕える神職を意味する。
「山照らす秋の黄葉」とは、秋の日差しに照らされて金色に輝く紅葉のことである。
この歌は、神の山である三輪山が紅葉に染まり、光り輝く美しさを見せる中で、その葉が散っていくのを惜しむ心情を詠んでいる。自然美と宗教的敬意が調和した、典型的な「三輪詠(みわえい)」の一首である。
出典
この歌は『万葉集』巻八・一五一七番歌に収められている。
『万葉集』巻八は四季ごとに分けて歌を載せており、自然の移ろいに寄せて人の心を詠む歌が多く収められている。
詠んだ人
長屋王(ながやおう)。奈良時代前期の皇族であり、天武天皇の孫。藤原氏と並ぶ有力貴族として政治の中心にあった人物である。729年に謀反の疑いをかけられ自害した。
聡明で学問に通じ、『万葉集』には約5首の作品が収められている。政治家としての厳格さと、詩人としての繊細な情感を併せ持つ。
歌の素晴らしさ

この歌の魅力は、自然の美と宗教的感性が一体となっている点にある。
長屋王は、ただ紅葉の美しさを讃えるのではなく、「散らまく惜しも(散ってしまうのが惜しい)」と詠むことで、無常への静かな悲しみを滲ませている。それは、世の栄華もいずれ衰えるという、古代人の自然観と人生観を映し出している。
「味酒三輪の祝の山照らす秋の黄葉」という句の響きには、酒の香とともに神聖な山の空気が感じられる。紅葉に照らされた三輪山は、神が顕現する瞬間のように輝いている。その輝きが散りゆく様子に、王は美と儚さを重ね合わせた。
この歌は、自然を通して“祈り”を詠むという、日本古代詩の精神を体現している。三輪山を見上げる視線は、ただの風景描写ではなく、神と人とを結ぶまなざしである。
「味酒三輪の祝の山照らす秋の黄葉の散らまく惜しも」
この一首は、神への畏敬と、秋の命のきらめきを同時にとらえた、万葉集屈指の“静かなる祈りの歌”である。
万葉歌碑がある大神神社の宝物殿