大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

中大兄皇子「香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき」〜神も天皇も恋に争う、 大和三山の恋物語

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香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)ををしと

耳梨(みみなし)と 相争(あいあらそ)ひき

神代(かみよ)より かくにあるらし

古(いにしえ)へも 然(しか)にあれこそ

うつせみも 妻を 争ふらしき

中大兄皇子が大和三山の神話を題材に、人間の恋愛の本質を風刺的に詠んだ歌。『万葉集』初期の恋歌として、神代と現実をつなぐ。

現代訳

香具山は畝傍山を愛しいと思い、耳成山と争っているという。どうやらそれは神代の昔からのことらしい。古い時代もそうであったのなら、今の世の人もまた、妻をめぐって争うものだなあ。

歌の意味

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三山「香具山・畝傍山・耳成山」を題材にした恋の歌である。『万葉集』では中大兄皇子(なかのおおえのおうじ/のちの天智天皇)の作として伝わる。

藤原京から見た天香久山

「香具山」「畝傍山」「耳成山」は、いずれも大和三山と呼ばれる名峰で、古くから男女神に見立てた伝承があった。

最も男らしい山容の畝傍山

ををしは「雄々し」で、たくましいという意味。

香具山(女山)が畝傍山(男山)を慕い、耳成山(女山)と争ったという言い伝えをもとに、その神話を「人の世の恋の争い」に重ねて詠んでいる。

最も美しい耳成山

「神代よりかくにあるらし」は、「神々の時代からこうだったらしい」という意味で、恋の葛藤が古代から変わらぬ人間の本能であることを軽やかに表す。

「うつせみも妻を争ふらしき」は、「現実の人の世でも、同じように妻をめぐって争うものらしい」と結ぶ。神話を鏡として人間の恋の常を詠んだ風刺的恋歌である。

出典

この歌は『万葉集』巻一・13番歌に収められている。『万葉集』巻一は「雑歌(ぞうか)」の部に属し、天皇や皇族、宮廷歌人たちが詠んだ政治・儀礼・恋愛・自然の諸歌を、天皇の治世ごとに配列した構成をとる。

その中で本歌は、飛鳥時代の宮廷文化の成熟と人間味の表出を象徴する歌とされる。神話的伝承を題材にしながらも、日常的な恋愛感情に落とし込む表現は、『万葉集』の初期作品における人間中心の感性の芽生えを示している。

詠んだ人

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ/天智天皇)。推古・舒明・皇極の三朝に仕え、乙巳(いっし)の変で蘇我入鹿を討ち、政治改革(大化改新)を主導した人物。後に即位し、近江大津宮(滋賀県大津市)に都を置いた(在位:668〜671年)。政治家としての顔だけでなく、詩人としても優れた感性を持ち、『万葉集』にはこの歌を含め数首が伝わる。その作風は、雄大な構想と諧謔(ユーモア)を兼ね備えた知的な歌風が特徴。

この歌も、政治的な硬さではなく、恋の戯れを通して人間らしい情感を軽やかに表した作品である。

歌の素晴らしさ

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この歌の魅力は、神話と人間の恋愛感情を重ね合わせるユーモアと洞察力にある。

「香具山」「畝傍」「耳成」の三山を擬人化し、古代神話を素材として「妻をめぐる争い」に見立てた発想は、人の情の普遍性を見抜いた中大兄皇子らしい知的遊び心を感じさせる。

また、終句「うつせみも妻を争ふらしき」に漂うのは、人間の性(さが)を温かく、少し皮肉をこめて見つめる余裕。権力者として激動の時代を生きた皇子が、一瞬だけ政(まつりごと)を離れ、“人の常”をおおらかに詠んだところに、この歌の深みがある。

自然・神話・恋。この三要素を軽妙に織り交ぜ、古代日本の詩心と人間味の原点を伝える一首である。

万葉歌碑がある井出池

万葉集の天皇の歌