
暦の上では冬だが、三輪の町は、すでに3月の気配をまとっていた。空は高く、風はやわらかく、吐く息に白さはない。
ふるさとでは「初えびす」を迎えていた。

三輪恵比須神社は令和8年、金屋にあった日本最古の市場・海柘榴市がこの地に移ってから、1100年という節目を迎える。商いと祈りが、同じ場所で長く呼吸を続けてきた。

「えべっさん」
地元でそう呼ばれ、親しまれている。商売繁盛、家内安全、家運隆盛。願いの内容は現実的で、生活に密着している。

三輪の初えびすが特徴的なのは、2月に行われること。「六日市(むいかいち)とも呼ばれ、本えびすは2月6日。正月の喧騒が過ぎ、日常が戻りかけた頃に、もう一度、人々は立ち止まり、福を確かめる。
2月5日:宵宮

宵宮の午後3時過ぎ、町に動きが生まれた。「鯛引き行列」の始まりだ。重さおよそ80キロ。全長2メートルを超える一刀彫の大鯛が、山車に乗せられ、ゆっくりと町を進んでいく。

赤い鯛の目は大きく、どこか滑稽で、それでいて威厳がある。邪気を払う色である赤は、この日、陽に照らされ、いっそう鮮やかだ。

子どもたちも山車を引く。法被に身を包み、まだ細い腕で綱を握りしめる。
「商売繁盛で、笹持ってこい🎶」
お囃子が、町中に響く。声は軽やかだが、言葉は重い。商売繁盛とは、願えば手に入るものではない。

福笹は、えびす様の釣竿。青々とした笹は、どんな重みにもしなり、折れない。節目正しく、真っ直ぐに伸びる。宝船には、福と金が積まれている。同時に、悪いことも、水に流してくれる。

米俵には、五穀豊穣、家内安全、商売繁盛が込められる。どれも、抽象的な幸福ではない。今日を生き、明日を続けるための願いだ。

願いとは、何もしないで祈ることではない。この町の人たちは、それをよく知っている。願うから、働く。働くから、また祈る。
今年は、働いて、働いて、働いて、働いて、働く年だ。

大鯛は進む。町は動く。祈りは、声になり、身体になる。そして、働くことは、祈りを裏切らない。

初えびすの宵宮は、祝祭でありながら、浮かれすぎない。福を求めながら、現実から目を逸らさない。

吊るされた福笹は、誇らしげでもなく、慎ましく揺れている。短冊や小さな宝が、かすかに触れ合い、音にならない音を立てる。
福とは、祭りの中にあるのではない。祭りが終わったあとの、いつもの一日を支えるために、そこにある。
2月6日:本えびす

三輪恵比須神社の「初えびす」の本えびすにあたる。
鳥居をくぐると、大神神社の神主と巫女たちが入口に立ち、静かに参拝者を迎えていた。ただ、そこに立っている。その姿だけで、この日が特別な一日であることは十分に伝わってくる。

境内では、初市大祭として祝詞が捧げられ、獅子神楽が奉納される。所作は端正で、音は控えめだ。宵宮の鯛引き行列のような派手さは、ここにはない。

本えびすは、見せるための祭りではない。それぞれが商売繁盛を願い、それぞれの事情を胸に抱え、それぞれの祈りを持って参拝する。ここでは、誰かの祈りが、別の誰かの祈りと競り合うことはない。

弟は縁起物に、鯛の飾りをひとつ買った。赤い鯛は、相変わらず少し間の抜けた顔をしている。それがいい。福は、あまり賢そうな顔をしていないほうが、暮らしに馴染む。

複娘から祝福を受ける。鈴の音が、短く、澄んで鳴った。

購入者には福引が用意されている。弟が引いたのは、お箸だった。

境内の一角では、300食限定で温かい素麺の接待が行われていた。三輪そうめんといえば夏の風物詩だが、だからこそ、この季節に口にする意味がある。
年中、忘れないために。細く、白い麺が、湯気の向こうで静かに揺れている。

無料で振る舞われるが、誰もが黙ってお心付けを箱に入れていく。僕と弟は、それぞれ200円を入れた。金額に意味があるわけではない。受け取ることと、差し出すこと。その往復が、この場の空気を保っている。

桜井の冬空の下で食べる三輪そうめんは、よく映えた。温かい汁が、身体の奥にゆっくりと染みていく。派手な味ではない。ただ、きちんとした味がする。

帰り道、姪っ子への土産に、ペーパー・クラフトの小物入れを買った。きっと、すぐにどこかへ仕舞われるだろう。それでいい。

何も起きない。事故もなく、波乱もなく、特別な出来事もない。
だが、それが一番なのかもしれない。
商いが続き、暮らしが続き、また来年も、この場所で同じように祈れること。そのためにあるのが、本えびすなのだ。
何も起きない一日を、守るための祭り。それが、三輪の本えびすなのだ。
7日:のこり福

初えびすの最終日、「のこり福」。昨日までの春めいた空気は影を潜め、朝の三輪には、冬が本気を出して戻ってきていた。
気温は前日から8度も下がり、冷気が身体の輪郭をくっきりと縁取る。真冬という言葉が、ただの季節名ではなく、実感として迫ってくる。

本来なら、朝10時から福餅の引換券が配布されるはずだった。そう思って境内へ向かうと、すでに太鼓の音が響いている。乾いた空気を震わせるその音は、寒さの中でいっそう力強く、祭りがまだ終わっていないことを告げていた。
今年は、引換券は廃止されたという。福餅は、15時からの餅まきに形を変えた。変わるものと、変わらないものがある。そのどちらもが、祭りの時間の中では自然に受け入れられていく。

10時からは、小学5年生の大道芸人、ぶっきーのパフォーマンスが行われていた。幼さの残る身体で、観客の視線を一身に集めながら、技を繰り出していく。失敗も含めて場が和み、笑いが生まれる。その空気が、この日の寒さを少しだけ緩めていた。

午後から始まるのが、御湯の神事「湯立て神楽」だ。釜の前に立つ巫女は、静かな所作で福笹を湯に浸し、それを参拝者に向けて振り掛ける。

湯気とともに飛び散る湯滴が、白い空気の中に舞う。それを浴びると、無病息災、商売繁盛のご利益がある。

かつてこの神事は、神意を問う占いだった。だから「問湯(といゆ)」とも呼ばれる。

午後2時。釜から立ちのぼる白い湯気に押されるように、雲の切れ間から太陽が顔を出した。さっきまで身をすくめていた寒さが、嘘のようにほどけていく。

斎庭では薪が焚かれ、大きな釜の中で湯が音を立てて沸騰している。その音は、急かすでもなく、ただ確かに時間を刻んでいた。
カメラを構えた年配の男性が、こちらを見て声をかけてきた。「あまり近くやと、カメラに湯かかるで。真似事やなくて、ホンマに沸かしよるからな」
冗談のようでいて、どこか誇らしげな言い方だった。この神事が“演出”ではないことを、誰よりもよく知っている口ぶりだった。

社務所の前には、「案」と呼ばれる台が据えられ、そこへ塩、米、酒が供えられている。どれも日々の暮らしに欠かせないものばかりだ。

御湯の神事、「湯立て神楽」は、じっくり30分ほどかけて行われる。最初に祈祷を行うのは、男性の神職だ。所作は端正で、無駄がない。

続いて、白衣に身を包んだ巫女が祈祷を引き継ぐ。ここから場の空気がわずかに揺れる。

まず、塩をまき、場を清める。

次に米を入れる。湯の中で米はほどけ、やがて粥になる。

そこに御神酒を入れる。今西酒造だろうか?

木の道具でしっかりと混ぜられたそれは、庭へと撒かれる。

地面に吸い込まれていく白さを、人々は黙って見つめていた。

やがて、木桶に湯が集められる。この桶は、拝殿へと祀られる。

そして、笹の登場だ。湯の勢い、飛び方、その一瞬に、目に見えないものの気配を読む。理屈ではなく、身体で受け止める信仰のかたちが、ここには残っている。

釜の湯に浸された笹が、高く掲げられ、豪快に振られる。湯滴が宙を舞い、光を含んで散っていく。
その姿は、何かを撒き散らしているようには見えなかった。ミレーの《種まく人》のように、祈りの種を蒔いているようだった。

湯は落ち、笹は揺れ、祈りは音もなく、この町の一年へと染み込んでいく。

お清めを終えた釜湯は、紙コップに注がれ、参拝者に振る舞われる。

手に取ると、思いのほか軽い。湯気はもう強く主張せず、冬の空気の中で、すっと輪郭を失っていく。口に含むと、アルコールは感じられない。どこか病院で飲む薬のような、身体の奥に直接届く感触がある。

釜湯は、木々を映しながら、静かに揺れていた。枝の影が水面を横切り、揺れが止まるたび、また別の景色が現れる。湯は語らない。ただ、ここに在る時間を映している。

15時からは福餅まき。これがメインイベントと言わんばかりに、狭い境内は一気に人で埋まる。先ほどまでの静けさは後ろに退き、期待と焦りが、肩と肩のあいだを満たしていく。

宮司や福娘に餅が手渡され、準備が整う。紅白の餅は、袋に包まれ、まだ静かにその時を待っている。

やがて合図とともに、袋に入った紅白の餅が舞う。

弧を描き、落ち、消える。手が伸び、声が上がり、笑いと残念が同時に起こる。餅は、誰かの手に渡るたび、もう次の運命へと放たれていく。

餅を受け取れなかった人にも、後から配られる。列は短くないが、不満の声は聞こえない。むしろ、順番を待つ時間そのものが、今日の締めくくりのようでもある。

残りものには福がある。
その言葉は、この日のために用意されたように、静かに胸に落ちてくる。争わず、急がず、最後までそこに居た者の手に、きちんと福は渡る。
祭りは終わる。しかし、終わり方が、その年の始まりを決める。冷えた空気の中で、湯は湯として、音は音として、確かにここに在った。
三輪の初えびすは、そう教えるように、静かに人を帰していった。