大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

纒向矢塚古墳〜竹の声に古代が眠る丘

纒向矢塚古墳〜竹の声に古代が眠る丘

奈良県桜井市東田町矢塚の田園地帯に、竹林とクスノキに包まれた小高い丘がある。それが「纒向矢塚古墳(まきむくやづかこふん)」である。

青空の下、稲刈りの終わった田の向こうに見える緑の塊は、大和の原風景に溶け込んだ森のようだ。風が吹けば竹が擦れ、さやさやと古代の音が響く。近くに三輪山を望む風景の中、この古墳は静かにその姿をとどめている。

纒向矢塚古墳は、纒向古墳群に属する前方後円墳で、全長約96メートル、後円部の直径は約64メートル、前方部の長さは約32メートル。周囲には幅17〜23メートルの周濠(しゅうごう)がめぐっていたと考えられている。現在はその一部が確認され、かつての墳丘の輪郭を想像させる。後円部の高さは約5メートルで、地形に溶け込むように穏やかに盛り上がっている。

纒向矢塚古墳〜竹の声に古代が眠る丘

この古墳は、前方部が短く、後円部がやや横に広がった「纒向型前方後円墳」の代表例である。纒向石塚古墳や勝山古墳と並び、前方後円墳の成立を考えるうえで非常に重要な遺構とされている。発掘調査の結果、葺石や埴輪はなく、きわめて初期の古墳時代の特徴を示している。築造は3世紀中頃以前と推定され、まだ前方後円墳の形が定型化する前の段階に位置づけられる。

墳頂部には板石が露出しており、内部には竪穴式石室、または箱式石棺が存在した可能性がある。埋葬施設自体は未調査で、被葬者は不明だが、纒向遺跡を築いた政治的勢力の首長層の墓と考えられる。

纒向矢塚古墳〜竹の声に古代が眠る丘

周濠からは、須恵器(すえき)や瓦器、祭祀に使われたとみられる木製品などが出土している。これらの遺物は「纒向Ⅲ式期」に属し、纒向遺跡の他の古墳との関係を示唆している。

纒向矢塚古墳〜竹の声に古代が眠る丘

竹林の前に立つ説明板には「前方後円墳出現以前の3世紀中頃の築造」と記されている。つまり、この矢塚古墳は、日本で最初に前方後円墳が形づくられた時期にあたる、極めて貴重な存在である。

太陽の光を受けて竹が黄金色に輝き、風が古墳の上を渡ると、古代の時が動き出すように感じられる。纒向矢塚古墳は、纒向遺跡の中心を成す「はじまりの丘」のひとつであり、やがて巨大古墳時代へとつながる物語の第一章を静かに物語っている。

 

 

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