大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

金剛山〜ソフトクリームと霊気のあいだで、役小角、法を修した山

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登ったのは、令和元年7月13日だった。梅雨の名残を抱いた湿り気のある空気が、奈良県御所市の高天の里を包んでいた。

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ここは古くから神々のふるさとと呼ばれ、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が修行した地でもある。登山口に立ったとき、ふるさとの偉大な先人の足音が、この山のどこかに刻まれていると思うと、自然と背筋が伸びた。

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杉の立ち並ぶ道を登りはじめる。陽の差さぬ森の中で、木々の幹が真っ直ぐ天へ伸びている。風が葉を震わせ、谷から冷たい空気が吹き上がってくる。ひと息ひと息が、過去への歩みのように感じられた。

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金剛山は、標高1,125メートル。古くは「高天山」「葛城山」とも呼ばれた。修験者たちが峰入り修行を行い、信仰の山として崇められてきた。役行者がこの山で法を修したというのも、無理からぬことだ。登るほどに、山そのものが古代の祈りを宿しているような気配を放つ。

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やがて、国見城跡の広場に出た。そこには「金剛山頂 1,125メートル」と書かれた木の標識と、白い時計が並んでいた。だが、そこは便宜上の山頂であって、本当の山頂ではない。真の頂は、その先の森の奥に鎮まる葛木神社本殿である。

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一度、その本殿まで歩を進めた。石段を登り、古木に囲まれた社殿の前に立つと、静寂が身体の芯にまで染みわたる。そこにこそ金剛山の頂があり、山の魂が息づいていた。

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登頂を終え、再び国見城跡の広場に戻る。山上の売店で買ったバニラソフトクリームが、霧を含んだ風に冷たく揺れた。その一口は、登攀の疲れをほどき、達成の余韻をゆっくりと溶かしていった。

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金剛山は、ただの登山では終わらない山である。祈りと修行、信仰と自然、そして人の歩みが千年の時間をかけて重なりあっている。そこに立つと、役行者の息づかいが、いまも風の中に確かに聞こえる気がした。

金剛山(Kongōzan)ガイド

金剛山は、奈良県御所市と大阪府千早赤阪村の境にそびえる、標高1,125メートルの秀峰だ。金剛山地の主峰にあたり、金剛生駒紀泉国定公園の中核をなす。古くは「葛城山」あるいは「高天山(たかまやま)」と呼ばれ、神話と修験の山として知られてきた。

地理と山容

奈良盆地の西縁から急峻に立ち上がり、その稜線は大阪平野に向かって緩やかに下降していく。晴れた日には山頂から大阪湾や和歌山方面、奈良盆地を一望できる。山麓には棚田が点在し、古くから人の営みと自然とが調和した風景をつくり出してきた。山裾の農村は今も静かで、山と人との共存の歴史を物語っている。

登山道は多く、奈良側・大阪側ともに幾筋もの道がある。初心者でも登れる穏やかな道もあれば、行者の足跡をたどる険しい修行道もある。年間を通じて登山者は絶えず、週末には多くのハイカーが山頂をめざす。

歴史と信仰

金剛山は、古代より「高天原」の伝承地と結びつけられてきた。神話の息づく山であり、また修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が16歳のとき、この山で修行を積んだと伝えられている。以来、山は修験の聖地として仰がれ、峰入り修行の場として多くの行者が足を踏み入れた。

山頂近くには転法輪寺が建ち、密教と修験の修行場としての歴史を今に伝える。そのすぐ隣には葛木神社が鎮座し、山そのものを御神体として一言主神(ひとことぬしのかみ)を祀る。この神社こそが金剛山の真の頂に位置し、古来より「天と地の結界」とされた。明治以前、この山は女人禁制であった。行者たちは峻厳な自然の中で修行を重ね、山を仏そのものとして拝した。今もその名残はあちこちに残り、山中には行場跡や祠が点在する。

文化と風景

金剛山のもうひとつの顔は、四季折々の表情を見せる自然の美である。春には新緑が谷を染め、夏は深い緑陰が登山者を包む。秋は紅葉が尾根を燃やし、冬は一面の雪が静寂を支配する。とりわけ雪の金剛山は美しく、霧氷の森は幻想的な景観をつくる。

また、麓の御所市高天地区から眺める金剛山は、古代の記憶を湛えた穏やかな山容を見せる。山の裾には修験と農耕の文化が重なり、棚田と社寺が連なる風景は、まさに「大和の原風景」と呼ぶにふさわしい。

登山とアクセス

登山は、奈良県側からであれば御所駅を起点とし、「風の森」「北宇智」方面から山道に入る。大阪側からは千早赤阪村の登山口が一般的で、かつてはロープウェイも運行されていた(近年は運休)。山頂には茶店があり、転法輪寺や葛木神社を参拝する人々で賑わう。

金剛山は、ただの登山の対象ではない。ここは古代から続く祈りの山であり、山そのものが信仰である。修験の歴史を抱き、村人の暮らしと共に息づく山。

その峰に立つと、風が吹くたびに役行者の気配がよみがえり、千年の時がゆるやかに重なっているのを感じる。金剛山とは、自然と信仰と人間の魂とが一つになった、関西随一の霊峰である。

 

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