
大神神社には、摂社とともに数多くの末社が鎮まっている。それらは本社の裾野に咲く小さな祈りの花であり、人々の暮らしに寄り添う“日常の神々”といえる。

田畑の実りを祈る社、家の火を守る社、食を供える社。どの社も、大物主神の神徳を分け持ちながら、生活のすみずみに神の気配を伝えてきた。その佇まいは質素であっても、そこに立つ人の祈りは、千年を超えて息づいている。
大神神社の境内末社
祓戸神社

- 名称:祓戸神社(はらえどじんじゃ)
- 歴史:境内に進む前に心身を清める社として、古くから祓いの神々を祀る
- 祭神:瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)・速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)・気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)・速佐須良姫神(はやさすらひめのかみ)
- 例祭:6月30日(夏越の祓)
- ご利益:心身清浄・厄除開運・罪穢消除
大神神社の参道で最初に出会う小さな社。祓戸神社は、罪や穢れを祓い流す四柱の神を祀り、参拝者はここで身を鎮め、清めてから本殿へ向かう。
瀬織津姫が禍を川に流し、速秋津姫が海の底で呑み込み、気吹戸主が息吹で祓い、速佐須良姫が清める。流れゆく水のように、人の心の濁りを静かに解いていく。祓いとは、忘れていた呼吸を取り戻す行為。その静けさを、この社は教えてくれる。
御炊社

- 名称:御炊社(みかしぎしゃ)
- 歴史:古くから神饌(しんせん)を調理する神を祀る。
- 祭神:御膳津神(みけつのかみ/御食津神)
- 例祭:不明
- ご利益:食の恵み・家内安全・商売繁盛
手水舎から三輪山会館へ向かう参道の途中、静かに木々に囲まれた場所に佇む。社名の「みかしぎ」とは「御炊ぎ(おかしぎ)」、すなわち“神に供える食を炊ぐ”意をもつ。
御膳津神は伊勢外宮の豊受大神と同神とされ、食物を司る神。かつて神事のたび、ここで清らかな火が熾(おこ)され、供物の支度が行われた。
天皇社

- 名称:天皇社(てんのうしゃ)
- 歴史:古代の宮都・磯城瑞籬宮(しきみずがきのみや)とゆかりが深い
- 祭神:崇神天皇(すじんてんのう)
- 例祭:6月13日、11月14日(崇神天皇奉讃祭)
- ご利益:国家安泰・家運隆昌・祖霊守護
大神神社の境内の南側の駐車場の手前、成願稲荷神社の近く。階段を上ると、木の垣に囲まれた春日造の社殿が静かに佇む。背後には三輪山。空気は澄み、音も少ない。
崇神天皇は、3世紀頃に大和を統治したと伝わる実在性の高い天皇で、ヤマト王権を確立した人物。磯城の地に都を開いた「事実上の初代天皇」とも呼ばれる。
11月の奉讃祭では、神楽「磯城の舞」が奉奏され、古代から続く祈りが受け継がれる。
社は小さくとも、国の始まりと人の原点が静かに息づいていることに気づく。
市杵嶋姫命神社

- 名称:市杵嶋姫命神社(いちきしまひめのみことじんじゃ)
- 歴史:古代から水神として祀られる。宗像三女神の一柱を勧請。
- 祭神:市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
- 例祭:11月10日
- ご利益:美容・芸能上達・縁結び・水難除け
市杵嶋姫命神社は、水と美を司る神を祀る。社の前の池が風に揺れるたび、水面に光が踊る。女性の守護神として信仰され、芸能や縁結びにも霊験がある。夏は緑が深く、水に映る空が神聖な鏡のように澄む。訪れる者の心を洗い、静かに整えてくれるような場所である。
大神神社の境外末社
久延彦神社

- 名称:久延彦神社(くえひこじんじゃ)
- 歴史:奈良時代創建。知恵と学問の神を祀る。
- 祭神:久延毘古命(くえひこのみこと)
- 例祭:10月15日
- ご利益:学業成就・合格祈願・知恵授与
知恵と学問の神を祀る。祭神は『古事記』に登場する久延毘古命。案山子(かかし)の神として、大地を見守る知の象徴とされる。境内には「知恵ふくろう」の絵馬が並び、「不苦労」「福来郎」「福籠」といった語呂に願いが託される。
高台の展望台からは大和三山と奈良盆地を一望でき、反対側には三輪山を遥拝する静かな空間が広がる。御守りは合格祈願やランドセル守が中心で、受験生の参拝が絶えない。この社の神は、机の上の知恵ではなく、大地に根ざす「生きる知恵」を授ける。迷いながらも歩く人を支え、やがて光の方へ導く。
大行事社

- 名称:大行事社(だいぎょうじしゃ)
- 歴史:三輪町内の恵比須神社の元宮と伝わる
- 祭神:事代主神(ことしろぬしのかみ)・八尋熊鰐神(やひろのわにのかみ)・加屋奈流美神(かやなるみのかみ)
- 例祭:2月6日
- ご利益:商売繁盛・水運守護・地域繁栄・家内安全
恵比須神社の「元宮」と呼ばれる場所。主祭神の事代主神は“えびすさん”として親しまれ、市を護り商いを導く神。毎年2月5日の卜定祭のあと、素麺業者たちはこの社に詣で、商売繁盛を祈る。ともに祀られる八尋熊鰐神は事代主神の化身、水の力を象徴する神。加屋奈流美神は古文献にも名を残す水の神で、地中の清流とともに祀られてきた。
春日社

- 名称:春日社(かすがしゃ)
- 歴史:創建年代は不詳だが、春日大社(奈良・768年創建)の信仰が広まった平安期以降に建立されたと考えられる
- 祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと)・武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・姫大神(ひめのおおかみ)
- 例祭:2月1日
- ご利益:家内安全・厄除開運・交通安全・勝運成就・縁結び
平等寺の北東、大行事社を過ぎ、さらに奥へと進む山道の先。静寂の中に、春日造の小社がひっそりと立っている。ここが三輪の春日社である。
天児屋根命は祝詞の神として知恵を授け、武甕槌命と経津主命は国譲りを導いた武神。姫大神はその妃神で、家庭と縁を守る。四柱が並び立つことで、祈りは知と力、そして和を併せ持つ。訪れる人は少ないが、その静けさこそが祈りの源である。風に揺れる杉の葉音が、遠い春日信仰の記憶をそっと呼び覚ます。
成願稲荷神社

- 名称:成願稲荷神社(じょうがんいなりじんじゃ)
- 歴史:鎌倉時代・正応3年(1290)、浄願寺の鎮守社として創建
- 祭神:宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)
- 例祭:3月初午(初午祭)
- ご利益:商売繁盛・五穀豊穣・家内安全
大神神社と平等寺のあいだ、静かな路地に佇む朱の社。鳥居がいくつも連なり、奥へ進むほど空気がやわらかく変わる。主祭神・宇迦御魂神は、稲と食物を司る神で、いわゆる「お稲荷さん」として親しまれる。人々の暮らしの糧を守る神として、今も地域に根ざしている。春の初午の日には、境内で初午祭が開かれ、旗飴が配られる。小さな祭りながら、土地の人々の笑顔と祈りが重なる日だ。朱の鳥居の下、風が通り抜けるたび、きつねの鈴がかすかに鳴る。
貴船神社

- 名称:貴船神社(きふねじんじゃ)
- 歴史:京都・貴船神社と同じく水神・淤加美神を祀る
- 祭神:淤加美神(おかみのかみ)
- 例祭:5月初卯の日(卯の日祭)
- ご利益:雨乞祈願・五穀豊穣・縁結び・夫婦円満
三輪の山辺の道沿い、狭井川の北にひっそりと鎮まる小社。鳥居をくぐると、奥には磐座が据えられ、石の肌がしっとりと苔に覆われている。水を司る神・淤加美神は、天と地のあいだをめぐる命の循環を象徴し、豊かな実りと人の縁を結ぶとされる。
古くから雨乞いや豊作祈願の信仰を集め、5月の「卯の日祭」には大神神社から供えと祝詞が捧げられる。変わりゆく日々の中で、静かに“潤い”を授けてくれる社である。
富士神社・厳島神社

- 名称:富士神社・厳島神社(ふじじんじゃ・いつくしまじんじゃ)
- 歴史:茅原の集落内で、「弁天さん」として親しまれる
- 祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)・市杵島姫命(いちきしまひめ)
- 例祭:不詳(地域の祭礼日に合わせて斎行)
- ご利益:安産・火難除け・水難除け・芸能上達・商売繁盛
住宅地の一角、石を積んだ基壇の上に二つの小社が並ぶ。木花咲耶姫命は火と出産を司り、家庭と命を守る神。市杵島姫命は水と芸能の女神で、美や技を磨く力を授ける。
火の姫と水の姫が肩を寄せ合う姿は、この地の調和を映している。静かな風が玉垣を抜けるたび、古墳の丘に重なる祈りの時が、そっと息を吹き返す。
事比良神社

金屋の集落から山裾へ分け入る細い道をたどると、花畑の先に小さな石段が現れる。登り切ると、囲いもない素朴な社が静かに佇む。香川県・金刀比羅宮を勧請したと伝えられ、江戸時代に高まった「こんぴら信仰」の流れを受けて創建されたと考えられる。祭神・大物主神は三輪山に鎮まり、国造りと酒造りの神として知られる。社の隣には稲荷社があり、宇迦御魂神が祀られている。境内には「金比羅」「太神宮」と刻まれた石灯籠が立ち、かつて金屋出身の関取が寄進したと伝わる。桜井の町並みを遠くに望みながら、今も静かに時を重ねる、山裾の小さなこんぴらさん。
金拆社


