大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

大神神社の末社〜手を合わせる日常へ、神の気配は路地にある

境内にある末社・天皇社

大神神社には、摂社とともに数多くの末社が鎮まっている。それらは本社の裾野に咲く小さな祈りの花であり、人々の暮らしに寄り添う“日常の神々”といえる。

大神神社の末社・市杵嶋姫命神社

田畑の実りを祈る社、家の火を守る社、食を供える社。どの社も、大物主神の神徳を分け持ちながら、生活のすみずみに神の気配を伝えてきた。その佇まいは質素であっても、そこに立つ人の祈りは、千年を超えて息づいている。

大神神社の境内末社

祓戸神社

f:id:balladlee:20250815215632j:image

  • 名称:祓戸神社(はらえどじんじゃ)
  • 歴史:境内に進む前に心身を清める社として、古くから祓いの神々を祀る
  • 祭神:瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)・速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)・気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)・速佐須良姫神(はやさすらひめのかみ)
  • 例祭:6月30日(夏越の祓)
  • ご利益:心身清浄・厄除開運・罪穢消除

大神神社の参道で最初に出会う小さな社。祓戸神社は、罪や穢れを祓い流す四柱の神を祀り、参拝者はここで身を鎮め、清めてから本殿へ向かう。

瀬織津姫が禍を川に流し、速秋津姫が海の底で呑み込み、気吹戸主が息吹で祓い、速佐須良姫が清める。流れゆく水のように、人の心の濁りを静かに解いていく。祓いとは、忘れていた呼吸を取り戻す行為。その静けさを、この社は教えてくれる。

御炊社

f:id:balladlee:20251008083007j:image

  • 名称:御炊社(みかしぎしゃ)
  • 歴史:古くから神饌(しんせん)を調理する神を祀る。
  • 祭神:御膳津神(みけつのかみ/御食津神)
  • 例祭:不明
  • ご利益:食の恵み・家内安全・商売繁盛

手水舎から三輪山会館へ向かう参道の途中、静かに木々に囲まれた場所に佇む。社名の「みかしぎ」とは「御炊ぎ(おかしぎ)」、すなわち“神に供える食を炊ぐ”意をもつ。
御膳津神は伊勢外宮の豊受大神と同神とされ、食物を司る神。かつて神事のたび、ここで清らかな火が熾(おこ)され、供物の支度が行われた。

天皇社

f:id:balladlee:20250807155426j:image

  • 名称:天皇社(てんのうしゃ)
  • 歴史:古代の宮都・磯城瑞籬宮(しきみずがきのみや)とゆかりが深い
  • 祭神:崇神天皇(すじんてんのう)
  • 例祭:6月13日、11月14日(崇神天皇奉讃祭)
  • ご利益:国家安泰・家運隆昌・祖霊守護

大神神社の境内の南側の駐車場の手前、成願稲荷神社の近く。階段を上ると、木の垣に囲まれた春日造の社殿が静かに佇む。背後には三輪山。空気は澄み、音も少ない。

崇神天皇は、3世紀頃に大和を統治したと伝わる実在性の高い天皇で、ヤマト王権を確立した人物。磯城の地に都を開いた「事実上の初代天皇」とも呼ばれる。

11月の奉讃祭では、神楽「磯城の舞」が奉奏され、古代から続く祈りが受け継がれる。
社は小さくとも、国の始まりと人の原点が静かに息づいていることに気づく。

市杵嶋姫命神社

市杵嶋姫命神社(いちきしまひめじんじゃ)

  • 名称:市杵嶋姫命神社(いちきしまひめのみことじんじゃ)
  • 歴史:古代から水神として祀られる。宗像三女神の一柱を勧請。
  • 祭神:市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
  • 例祭:11月10日
  • ご利益:美容・芸能上達・縁結び・水難除け

市杵嶋姫命神社は、水と美を司る神を祀る。社の前の池が風に揺れるたび、水面に光が踊る。女性の守護神として信仰され、芸能や縁結びにも霊験がある。夏は緑が深く、水に映る空が神聖な鏡のように澄む。訪れる者の心を洗い、静かに整えてくれるような場所である。

大神神社の境外末社

久延彦神社

f:id:balladlee:20250814120053j:image

  • 名称:久延彦神社(くえひこじんじゃ)
  • 歴史:奈良時代創建。知恵と学問の神を祀る。
  • 祭神:久延毘古命(くえひこのみこと)
  • 例祭:10月15日
  • ご利益:学業成就・合格祈願・知恵授与

知恵と学問の神を祀る。祭神は『古事記』に登場する久延毘古命。案山子(かかし)の神として、大地を見守る知の象徴とされる。境内には「知恵ふくろう」の絵馬が並び、「不苦労」「福来郎」「福籠」といった語呂に願いが託される。

高台の展望台からは大和三山と奈良盆地を一望でき、反対側には三輪山を遥拝する静かな空間が広がる。御守りは合格祈願やランドセル守が中心で、受験生の参拝が絶えない。この社の神は、机の上の知恵ではなく、大地に根ざす「生きる知恵」を授ける。迷いながらも歩く人を支え、やがて光の方へ導く。

大行事社

f:id:balladlee:20250903123952j:image

  • 名称:大行事社(だいぎょうじしゃ)
  • 歴史:三輪町内の恵比須神社の元宮と伝わる
  • 祭神:事代主神(ことしろぬしのかみ)・八尋熊鰐神(やひろのわにのかみ)・加屋奈流美神(かやなるみのかみ)
  • 例祭:2月6日
  • ご利益:商売繁盛・水運守護・地域繁栄・家内安全

恵比須神社の「元宮」と呼ばれる場所。主祭神の事代主神は“えびすさん”として親しまれ、市を護り商いを導く神。毎年2月5日の卜定祭のあと、素麺業者たちはこの社に詣で、商売繁盛を祈る。ともに祀られる八尋熊鰐神は事代主神の化身、水の力を象徴する神。加屋奈流美神は古文献にも名を残す水の神で、地中の清流とともに祀られてきた。

春日社

f:id:balladlee:20250929154212j:image

  • 名称:春日社(かすがしゃ)
  • 歴史:創建年代は不詳だが、春日大社(奈良・768年創建)の信仰が広まった平安期以降に建立されたと考えられる
  • 祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと)・武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・姫大神(ひめのおおかみ)
  • 例祭:2月1日
  • ご利益:家内安全・厄除開運・交通安全・勝運成就・縁結び

平等寺の北東、大行事社を過ぎ、さらに奥へと進む山道の先。静寂の中に、春日造の小社がひっそりと立っている。ここが三輪の春日社である。

天児屋根命は祝詞の神として知恵を授け、武甕槌命と経津主命は国譲りを導いた武神。姫大神はその妃神で、家庭と縁を守る。四柱が並び立つことで、祈りは知と力、そして和を併せ持つ。訪れる人は少ないが、その静けさこそが祈りの源である。風に揺れる杉の葉音が、遠い春日信仰の記憶をそっと呼び覚ます。

成願稲荷神社

f:id:balladlee:20250807152105j:image

  • 名称:成願稲荷神社(じょうがんいなりじんじゃ)
  • 歴史:鎌倉時代・正応3年(1290)、浄願寺の鎮守社として創建
  • 祭神:宇迦御魂神(うかのみたまのかみ)
  • 例祭:3月初午(初午祭)
  • ご利益:商売繁盛・五穀豊穣・家内安全

大神神社と平等寺のあいだ、静かな路地に佇む朱の社。鳥居がいくつも連なり、奥へ進むほど空気がやわらかく変わる。主祭神・宇迦御魂神は、稲と食物を司る神で、いわゆる「お稲荷さん」として親しまれる。人々の暮らしの糧を守る神として、今も地域に根ざしている。春の初午の日には、境内で初午祭が開かれ、旗飴が配られる。小さな祭りながら、土地の人々の笑顔と祈りが重なる日だ。朱の鳥居の下、風が通り抜けるたび、きつねの鈴がかすかに鳴る。

貴船神社

f:id:balladlee:20250828232451j:image

  • 名称:貴船神社(きふねじんじゃ)
  • 歴史:京都・貴船神社と同じく水神・淤加美神を祀る
  • 祭神:淤加美神(おかみのかみ)
  • 例祭:5月初卯の日(卯の日祭)
  • ご利益:雨乞祈願・五穀豊穣・縁結び・夫婦円満

三輪の山辺の道沿い、狭井川の北にひっそりと鎮まる小社。鳥居をくぐると、奥には磐座が据えられ、石の肌がしっとりと苔に覆われている。水を司る神・淤加美神は、天と地のあいだをめぐる命の循環を象徴し、豊かな実りと人の縁を結ぶとされる。

古くから雨乞いや豊作祈願の信仰を集め、5月の「卯の日祭」には大神神社から供えと祝詞が捧げられる。変わりゆく日々の中で、静かに“潤い”を授けてくれる社である。

富士神社・厳島神社

f:id:balladlee:20251009201031j:image

  • 名称:富士神社・厳島神社(ふじじんじゃ・いつくしまじんじゃ)
  • 歴史:茅原の集落内で、「弁天さん」として親しまれる
  • 祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)・市杵島姫命(いちきしまひめ)
  • 例祭:不詳(地域の祭礼日に合わせて斎行)
  • ご利益:安産・火難除け・水難除け・芸能上達・商売繁盛

住宅地の一角、石を積んだ基壇の上に二つの小社が並ぶ。木花咲耶姫命は火と出産を司り、家庭と命を守る神。市杵島姫命は水と芸能の女神で、美や技を磨く力を授ける。
火の姫と水の姫が肩を寄せ合う姿は、この地の調和を映している。静かな風が玉垣を抜けるたび、古墳の丘に重なる祈りの時が、そっと息を吹き返す。

事比良神社

f:id:balladlee:20250929200156j:image

  • 名称:事比良神社(ことひらじんじゃ)

  • 歴史:創建年代は不詳。地域の人々に長く守られてきた。

  • 祭神:大物主神(おおものぬしのかみ)

  • 例祭:9月10日

  • ご利益:五穀豊穣・酒造繁栄・商売繁盛・縁結び・病気平癒

金屋の集落から山裾へ分け入る細い道をたどると、花畑の先に小さな石段が現れる。登り切ると、囲いもない素朴な社が静かに佇む。香川県・金刀比羅宮を勧請したと伝えられ、江戸時代に高まった「こんぴら信仰」の流れを受けて創建されたと考えられる。祭神・大物主神は三輪山に鎮まり、国造りと酒造りの神として知られる。社の隣には稲荷社があり、宇迦御魂神が祀られている。境内には「金比羅」「太神宮」と刻まれた石灯籠が立ち、かつて金屋出身の関取が寄進したと伝わる。桜井の町並みを遠くに望みながら、今も静かに時を重ねる、山裾の小さなこんぴらさん。

金拆社

  • 名称:金拆社(かなさきしゃ)
  • 歴史:創建年代は不詳。社殿をもたず、老木と大地そのものを神とする古代の祈りを今に伝える。『大神神社史』には「老樹林立するのみ、社殿なし」と記され、最も原始的な信仰形態を残す社とされる。
  • 祭神:宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)
  • 合祀:天宮社(天日方奇日方命)・神室社(靇神)・大峯社(大山祇命)
  • 例祭:5月9日
  • ご利益:金属守護・産業繁栄・山林安全・五穀豊穣・雨乞成就

県道199号線から山道に入り、老木が鬱蒼と茂る斜面を登ると、鳥居も社殿もない静かな空間が広がる。祀られる宇都志日金拆命は、名に“金”を冠することから金属や鍛冶の神とされ、同時に海の彼方を支配する神とも伝わる。

この地には天の恵みを司る天宮社の天日方奇日方命、雷と雨を呼ぶ神室社の靇神、そして山の神の総元締めである大峯社の大山祇命が合祀されている。金・雷・山。自然の力を象徴する三要素が、ひとつの社に重なり合う。形を持たぬ神を仰ぐこの社は、言葉よりも深い沈黙の中に、太古の信仰の息づかいを今も宿している。

八阪神社

f:id:balladlee:20250813170115j:image

  • 名称:八阪神社(やさかじんじゃ)
  • 歴史:かつては「牛頭天王社」と呼ばれ、明治の神仏分離で現社名となった
  • 祭神:素盞嗚尊(すさのおのみこと)・大山祇命(おおやまづみのみこと)・磐長姫命(いわながひめのみこと)・大物主命(おおものぬしのみこと)
  • 例祭:10月9日
  • ご利益:厄除け・五穀豊穣・延命長寿・家内安全・縁結び

山辺の道から金屋の集落を抜け、坂を登ると竹林に包まれた静かな社が現れる。鳥居をくぐれば、赤い社殿が緑に映え、空気はひんやりと澄む。

主祭神・素盞嗚尊は山林と農業を守り、疫病を祓う神。大山祇命と磐長姫命は山と生命の神として延命長寿を授ける。境内右手の金比羅社には大物主命が祀られ、家内安全や縁結びの信仰を集める。「てんのはん」と呼ばれるその響きには、土地のぬくもりと家族の記憶が静かに宿っている。

コラム:大神神社の末社とは

f:id:balladlee:20250807152250j:image

子どもの頃から金屋の八阪神社に思い出があるので、大神神社より末社のほうが親近感が強い。「末」と言う無限性、悠久感も心地いい。

大神神社の末社は、三輪の山裾や集落の中に、ひっそりと息づいている。摂社が神の“横顔”を映す鏡なら、末社は人々の“暮らし”を支える手のような存在だ。祈りの形は大きくなくても、その積み重ねが土地を温めてきた。

大神神社の末社を巡るとは、日々の暮らしの中に潜む「小さな祈り」を見つめる旅である。社の規模は小さいが、祈りの回路は太い。

地図で見れば点の集まりにすぎない小社が、歩けば線となり、やがて面になる。面は、暮らしの温度を取り戻す膜だ。大神神社の末社を巡る旅は、神々の記憶をたどるだけでなく、自身の生活を丁寧に編み直す行為でもある。今日の一礼が、明日の手元を少しやさしくする。その確かさを、ここで知る。

 

日本最古の神社・大神神社

大神神社の摂社