
「八木 札の辻(やぎ ふだのつじ)」は、日本書紀に記される日本最古の交差点。推古天皇の時代、7世紀ごろに整備され、様々な交流が生まれたクロスロード(十字路)である。高札のかかる場所として、「札の辻」と呼ばれた。

大阪から長谷寺や伊勢神宮に向う横大路(伊勢街道)、吉野、熊野から奈良盆地を縦貫し、平城京朱雀門にまで至る下ツ道(中街道)の古道が交差する。

江戸時代のお伊勢参りや長谷参りで多くの人が賑わい、奈良時代の平城京の区画も、この道を基準にした。

今も室町時代の井戸や旅籠の建物が残る。

向かいには、松尾芭蕉が泊まった平田家がある。『笈の小文』にも書かれた旅籠だが、現在は民家になっている。

向かいの「八木札ノ辻交流館」は、旅籠だった江戸時代当時の間取りに修復した建物。

平成24年(2012年)7月14日に開館し、無料で見学できる。

館内に足を踏み入れると、外の通りの気配がすっと遠のく。

畳の匂い、磨き込まれた木の床、障子越しにやわらかく差し込む光。旅人たちは、きっとこの瞬間に、長い道行きからようやく解き放たれたのだろう。

中庭に面した座敷は、決して広くはない。だが、旅の疲れを癒すには十分な静けさがある。

石灯籠を中心に据えた庭は簡素で、派手さはない。

その分、朝夕の光や季節の移ろいが、そのまま部屋に映り込む。早朝、障子を開けると、冷えた空気とともに庭の気配が流れ込み、旅の一日が静かに始まったはずだ。

奥には、帳場や客の荷を収めたであろう箪笥が並ぶ。幾度も開け閉めされ、手垢を重ねた引き出しは、この宿を行き交った無数の人の存在を無言で語っている。伊勢へ向かう巡礼者、吉野帰りの修験者、商いの途中の行商人。立場も目的も異なる人々が、この場所で同じ灯の下、同じ畳に腰を下ろした。

入口に掛けられた藍染の暖簾には、宿の名が控えめに染め抜かれている。風に揺れるその布は、旅籠が単なる宿泊所ではなく、人と人、土地と土地をつなぐ「通過点」であったことを思い出させる。

2階の座敷は貸しスペースとなっており、予約すれば会議やイベントを開くことができる。

かつての旅人が一夜を預け、また次の土地へ向かっていった。その気配を感じることができる。

八木札の辻という交差点は、外では道が交わり、内では人生が交差する場所だった。その気配は、建物が展示施設となった今も、畳の沈黙や庭の陰影の中に、確かに残っている。