
奈良県橿原市。大和三山のひとつ、天香具山(あまのかぐやま)の真北、山を仰ぐように鎮座するのが天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)である。
創建年代は不詳。由緒書きに明確な年号はなく、ただこの場所に「在り続けてきた」ことだけが、静かに伝わってくる。

石鳥居をくぐると、境内は一気に音を失う。玉砂利を踏む音、風が杉林を抜ける気配、自分の呼吸だけがはっきりと意識に残る。

天香山神社は、不思議な緊張感がある。単なる里の神社ではなく、天香具山そのものと向き合うための結界であることを、身体が先に理解する。

実際、この神社は天香具山への登山口を兼ねている。神に挨拶をし、山に入る。古代の人々も、同じ順序でここを通ったのではないかと思わせる配置だ。天香久山は四方から登山ルートがあるが、初めては天香山神社から登ることをおすすめする。

天香山神社の祭神は櫛真智命(くしまちのみこと)

『古事記』『日本書紀』には名が現れない神だが、太占(ふとまに)と呼ばれる古代占術を司った神とされ、中臣氏の祖神に位置づけられている。政治や軍事の重大事を決する前、吉凶を問い、天の意志を読み取る。その最前線にいた神である。

境内でひときわ目を引くのが、「波波迦の木(ははかのき)」。古名を「朱桜(にわざくら)」といい、占いに用いられた神聖な木と伝わる。

『古事記』の天岩戸神話には、天香具山の雄鹿の骨を抜き取り、この朱桜の樹皮で焼いて吉凶を占った、という記述がある。ここは神話の舞台装置ではなく、神話が実際に行われたと信じられてきた場所なのだ。

苔むした石碑、注連縄で囲われた木々、簡素だが端正な社殿。どれもが「説明」を求めてこない。ただ、そこに立ち、感じることだけを許してくれる。観光向けの華やかさはないが、その分、時間の層がそのまま残っている。

天香具山に登る前でもいい。登ったあとでもいい。この神社に立ち寄ることで、ここが低山ではなく、神話と占いと政治が交差した思考の場であったことに気づくはずだ。
天香久山に鎮座する神社
天香久山を詠んだ歌
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