
奈良・桜井、三輪の里にひっそりと佇む小さな社がある。その名は 大行事社(だいぎょうじしゃ)。大和の古社・大神神社の末社として、今も変わらぬ祈りを受けとめている。末社は、主祭神と関わりの深い神様を祀り、地域や生活に関わる神が多い。

場所は、平等寺の北東すぐに鎮座している。地元の人でも大行事社の存在を知る人は少ない。

鳥居をくぐれば、春日造の本殿が静かに時を重ねている。
創建の歴史は定かではないが、三輪町内の恵比須神社の元宮(もとみや)と伝えられ、古き日の信仰の痕跡を今に伝える。
元宮とは、神様が最初に祀られていた場所。のちに参拝しやすい場所やふさわしい場所へ遷座(移すこと)されて「本宮(ほんみや)」が整えられるが、それ以前に神が鎮まっていた最初の社地が「元宮」
大行事社は、今の恵比須神社(本宮)よりも古く、神が最初に祀られた由緒ある場所。元宮は「神の鎮座の原点」であり、そこから信仰が広がっていった場所になる。
大行事社の祭神

- 事代主神(ことしろぬしのかみ)
- 八尋熊鰐神(やひろのわにのかみ)
- 加屋奈流美神(かやなるみのかみ)
ここには三柱の神が鎮まる。ひとりは 事代主神(ことしろぬしのかみ)。市を護り、商いを導く神であり、人々には「えびすさん」として親しまれてきた。とりわけ三輪の里では、三輪素麺の相場を司る神として深い信仰を集めている。
毎年2月5日、大神神社で「卜定祭(ぼくじょうさい)」が行われたのち、素麺業者たちはこの大行事社へと参拝し、商いの繁栄を祈る。
例祭は2月6日。恵比須神社の例祭には、この社にも神饌が供えられ、遠い時代からの絆を結び続けている。

もうひとりは 八尋熊鰐神(やひろのわにのかみ)。事代主神の化身と伝えられ、静かな社殿に祀られながら、人知れず水の力を湛えている。
そして三柱目は 加屋奈流美神(かやなるみのかみ)。『出雲国造神賀詞』にその名が記されるものの、詳しいことはほとんど伝わっていない。その名からは水源や水にまつわる神格が感じられ、清らかな水脈とともに祀られてきた。

大行事社は決して大きな社ではない。しかし、商いを支える市の神、水の恵みを授ける神を祀るこの場所には、暮らしを守る祈りが脈々と息づいている。素麺の里・三輪を支えてきたのは、豊かな水と、人々の信仰の力である。古より続く祈りの残響が、今も小さな社の杜に響いている。
コラム:大行事社、ふるさとの坂を上がれば
家の玄関を出て、10分。旅というには短すぎる距離だが、ふるさとでの散歩は、少しだけ遠くへ連れていく。三輪の空気は杉の匂いが濃い。乾いた砂利の音を靴が刻むたび、暮らしの層の下から古い時間が顔を出す。
坂を上がりきると、淡い色の鳥居が一本、空へ伸びている。木肌はまだ若く、手で撫でれば、製材の香りが指に残る。最近、ここを整えたのだろう。鳥居の内側は、外より少しだけ静かだ。耳を澄ましても、葉の擦れる音、遠くの踏切、誰かの笑い声は聞こえない。
社は小ぶりで、注連の白が風に揺れている。賽銭箱には硬貨の影が少ない。立て札には、この社が三輪町内の恵比須神社の元宮だとある。恵比須といえば、町の商いを支える神さま。
石段に腰をおろし、鳥居越しにふもとの屋根を眺める。瓦の灰色が谷に重なり、向こうに小さな畑、その先に道。旅先なら地図を見るところだが、ここは目を閉じても道が浮かぶ。
家までの坂を下りながら、恵比須のことをもう一度考える。元宮という言葉がいい。ものごとは、だいたい元の場所を残して別の場所に育つ。商いも、町も、人の人生も。新しい鳥居の明るさは、元を忘れないための目印に見えた。そんな未来なら、いつでも歩いて行ける。
- 歴史:不明
- 祭神:事代主神、八尋熊鰐神、加屋奈流美神
- 例祭:2月6日
- アクセス:JR三輪駅から徒歩10分
日本最古の神社
大神神社の末社