
活日(いくひ)神社は、奈良県桜井市三輪にある神社。日本最古の神社・大神神社の摂社にあたり、酒の神様を祀る点で、大神神社と深い結びつきがある。

大神神社の拝殿から山の辺の道を北に行き、狭井神社へ向かう途中にある。
活日神社の名前

「日が活きる」という素晴らしい名前は、この神社の祭神である杜氏の高橋活日(たかはしいくひ)から来たもの。「活日」は、「活霊」とも書き、麹菌を生み出す霊力を意味している。

大和の古地図では、活日神社ではなく、「一夜酒之社」と記されており、地元の人は「一夜酒(ひとよざけ)さん」と呼ぶ。明治までは近くに酒殿があり、酒の道具も保存されていた。

毎年11月14日は大神神社に全国から蔵元・杜氏が集まり「醸造安全祈願祭」が行われる。ちなみに、杜氏は元々は「刀自(とじ)」と書き、江戸時代に農家の副業で酒造りをしていた主婦のことを指した。

新酒の醸造の安全を祈り、宮司が祝詞を奏上し、「うま酒みわの舞」という神楽が奉納される。その後、酒蔵関係者が活日神社にお参りし、美味しい新酒ができるように祈る。
活日神社の歴史

活日神社の創建は定かではないが、実在した崇神天皇のエピソードからすると、3世紀後半から4世紀前半頃ではないかと思われる。祠は、春日造、板葺になっている。

例祭は4月4日。拝殿の扉が開放れる。
活日神社の祭神

活日神社の祭神は、実在した日本最古の杜氏・高橋活日命(たかはしいくひのみこと)。第10代・崇神天皇の頃に疫病が流行り、夢の中に大神神社の祭神である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が現れ「大田田根子(おおたたねこ)を祭主にし、酒を奉納せよ」というお告げがあった。

崇神天皇は、酒造りの杜氏であった高橋邑(むら)の活日命(いくひのみこと)を呼び、一夜で酒造りをし、神酒を奉納した。すると疫病がおさまった。「高橋」という姓は、代々・天皇の料理番を司る苗字である。
高橋活日命は天皇に酒を捧げる際「この神酒は 我が神酒ならず 倭なす 大物主の 醸みし神酒 幾久 幾久」、すなわち「この美酒は大和の守護神である大物主大神の霊力によって醸造されたお酒です。この繁栄がいつまでも続きますように」と伝えた。これをきっかけに、杜氏の神様として祀られるようになった。

大神神社の拝殿の前は万葉歌碑が立ち並び、その中に高橋活日が詠んだ歌がある。
コラム:活日神社と三輪酒

大神神社は、酒造りの神と深く結びついている。その御神体である三輪山は、古くは「三諸山(みむろやま)」と呼ばれた。「みむろ」とは、実醪(酒のもと)を意味する言葉だ。
古代、人々は神に供える酒を「神酒(みき)」と呼んだが、それを「ミワ」とも読んだ。神を「ミワ」と呼ぶこともあった。神と酒が、ほとんど同じ意味を持っていた時代だ。日本酒は、神そのものだった。

活日神社は、酒造りの祖・活日命(いくひのみこと)を祀る。神から酒造りの技を授かったとされる人物だ。その名を持つ神社は、三輪の地酒の源流に静かにつながっている。境内は広くない。石段を上がると、静かな社殿がある。観光客の気配はほとんどない。風の音と、自分の足音だけが耳に残る。
社殿の前に立ち、軽く一礼をする。目を閉じると、古代の酒の香りが、遠くから漂ってくるような気がした。

これまで家で飲む酒は、もっぱらワインだった。だが、地元に戻った今、この土地で受け継がれてきた酒を知らないままでいるのは、少し惜しい気がする。
まだ、三輪の地酒を口にしてはいない。だが、飲む前からわかっていることがある。それは、ただの酒ではないということだ。三輪山の水、空気、そして千年以上の時間を含んだ液体。その一口は、この土地そのものを呑み込むような行為になるはずだ。
最初の一杯を考えるだけで、少し背筋が伸びる。焦る必要はない。時間をかけて、この土地の酒と向き合っていけばいい。
三輪の酒を飲むことは、旅ではなく、帰郷の続き。その一口目を、今は静かに待っている。
活日神社の概要
- 歴史:不明
- 祭神:高橋活日命(たかはしいくひのみこと)
- 例祭:4月4日
- アクセス:JR三輪駅から徒歩5〜10分
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