
奈良県桜井市に鎮座する大神神社(おおみわじんじゃ)は、紀元前から存在する日本最古の神社である。古代の神祀りの形態をそのまま伝え、本殿を持たず"国のまほろば"三輪山そのものをご神体として祀る。
- 大神神社の歴史
- 大神神社の呼称の変遷
- ご神体・三輪山
- 大神神社の祭神
- 大神神社は日本酒発祥の地
- 大神神社の境内
- 大神神社の鳥居
- 大神神社の祭事
- 初詣の参拝者数と混雑状況
- 大神神社の摂社・末社
- 大神神社の参道グルメ
- 雪の大神神社を歩く〜記憶と祈りのあいだで
- コラム:ふるさと桜井と大神神社
大神神社の歴史

創建は有史以前の神話の時代から存在したといわれ、日本最古の神社と呼ばれている。天理市にある「大和(おおやまと)神社」が崇神天皇6年(紀元前92年)の創建で、「日本最古」と名乗っているが、大神神社を日本最古の神社とする意見が多い。

『古事記』や『日本書紀』にも記され、出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れた大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と、三輪山に祀られることを望んだ。

当初は磐座を信仰し、その後、三輪山を御神体とするようになった。

大神神社では本殿を建てることなく、現在も三輪山をご神体とし、古代の祭祀形式を継承している。これは、神社の社殿が成立する以前の最も原初の形であり、日本の神社信仰の起源を今に伝えている。
伊勢神宮との関係

三重県にある伊勢神宮は、大神神社の境外摂社である「桧原(ひばら)神社」から移ったもの。つまり伊勢神宮の元が桧原神社であり、その桧原神社は大神神社の摂社(本社に付属する神社)なので、大神神社のほうが遥かに古い。
大神神社の呼称の変遷

大神神社は、当初「美和乃御諸宮(みわのみもろのみや)」と呼ばれていた。その後、「大神大物主神社」と称され、中世以降は「三輪明神(みわみょうじん)」として信仰を集めた。現在でも「三輪さん」と親しまれており、全国から多くの参拝者が訪れる。
ご神体・三輪山

大神神社の最大の特徴は、三輪山そのものがご神体であること。一般的な神社のような本殿が存在せず、三輪山を拝む。

大神神社では境内摂社である狭井神社で登拝料300円を払って登拝する許可を得られる。登拝の際には、古来の習わしに従い、飲食や写真撮影は禁止されている。
大神神社の祭神

- 祭神:大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
- 配神:大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)
大神神社の祭神は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)で、国造りの神様である。農業、工業、商業すべての産業開発、 方除(ほうよけ)、治病、造酒、製薬、禁厭(まじない)、交通、航海、縁結びなど、世の中の幸福を増し進める人間生活の守護神。
配神の大己貴神(おおなむちのかみ)は、縁結びや五穀豊穣の神様として信仰されている。
少彦名神(すくなひこなのかみ)は、大己貴神と共に国造りを行い、医療や医薬の神様として信仰されている。
大神神社の神様が祀られている本当の場所

一般には、大神神社の祭神・大物主神は、三輪山の山頂にある奥津磐座に鎮座しているとされる。ただし実はカムフラージュ。

昔、大神神社に仕えていた神職の話によると、本当に神が鎮まる磐座は、辰五郎大明神の奥にある2つの磐座。これは公にはされておらず、ごく限られた関係者のみが参拝している。貴重な機会なので、大神神社を訪れる際は、辰五郎大明神のさらに奥にある磐座に足を運んでみてほしい。
大神神社は日本酒発祥の地

大神神社は日本酒発祥の地である。三輪山に鎮まる大物主大神は、酒と深く結びついた神。『古事記』には、出雲の少名毘古那神(スクナビコナ)と共に国造りを進めたが、少名毘古那が常世へ去った後、大物主神が酒を造る方法を人々に授けたと伝わる。

酒は神に捧げる神聖な供物であると同時に、人の営みを支える力でもあった。最初は清酒ではなく、どぶろく。

拝殿に入る鳥居のしめ縄は酒米の山田錦でできており、毎年正月前に新しいものに変えられる。この注連縄は、蛇の濃厚な交尾を表している。
白蛇の神様

大物主神は白蛇の姿で現れる神としても知られている。三輪山のふもとでは古くから白蛇が神の使いとして崇められ、酒造りの神秘性と結びついてきた。白蛇は脱皮を繰り返すことで再生や豊穣を象徴し、稲や米、さらには酒へと受け継がれると考えられた。

こうした信仰は今も大神神社に息づいている。酒造祈願祭には全国から杜氏や蔵元が集まり、三輪の神に新たな酒造りの一年を祈る。

11月には境内の拝殿の前で「酒まつり 全国銘酒展」が行われ、北海道から九州まで全国から奉納された日本酒がズラリと並ぶ。

大和の田に実る稲が、白蛇の神に守られ、清冽な水とともに酒となる。その循環の源に三輪山がある。大神神社は「日本酒発祥の地」であり、白蛇の神話はその根を深く支えている。
杉玉も大神神社が発祥

大神神社は、「酒の神」を祀る場所。神域である三輪山は古代から酒造りと深い関わりを持ち、酒造業者は酒の神に感謝を捧げ、新酒完成の報告を行ってきた。

大神神社の杉玉は直径1.5m、重さは200Kgにもなる。毎年11月の醸造安全祈願祭(酒まつり)の前日には、「大杉玉」が青々としたものに掛け替えられる。

杉玉がこの地で広まったのは、神域の豊かな杉を用いて新酒の完成を象徴する飾りを作ったことに由来するとされる。大神神社の信仰と酒造り文化が重なり合うことで、杉玉は「日本酒発祥の地・三輪」と強く結びつく象徴となった。
大神神社の境内

大神神社の境内は、古代信仰の息遣いが今も息づいている。静かな参道、杉木立の影、点在する末社や霊跡。そこには「日本の原風景」ともいえる神域の姿が広がっている。森そのものが社殿であるかのような荘厳さを湛え、鳥居をくぐると、俗世を離れた清浄な世界へと足を踏み入れる感覚に包まれる。
拝殿

拝殿は重要文化財であり、寛文4年(1664年)に徳川家綱によって再建された。三輪山をご神体とするために本殿がなく、拝殿を通して三輪山を拝む。
檜皮葺(ひわだぶき)で、切妻造(きりづまづくり)。二つの傾斜面が地面に向かって伸びる、山形をした屋根のこと。
祈祷殿

平成9年にできた祈祷殿・儀式殿・参集殿は檜を用いた木造の社殿で、日々の祈祷や結婚式を奉仕する。清原和博も、ここで式を挙げた。
神秘的な御神木「巳の神杉」

境内には、大物主大神の化身とされる白蛇が棲む「巳の神杉(みのかみすぎ)」がある。樹齢500年以上で、境内で最も太い杉である。
根元には水の神様である白蛇が棲んでいるとされ、江戸時代には雨乞いの人々が集まった。また、商売繁盛・金運上昇のご利益があるとされる。

参拝者は神杉にお供え物(白蛇は卵が好物)をして祈願する。清少納言の『枕草子』でも、大神神社のことを「杉の御社」と記し、趣深いと述べている。
なでうさぎ

拝殿の前、参集殿の入り口に鎮座する「なでうさぎ」は、兎の置物を撫でると身体の痛いところを癒してくれる、また願い事を叶えてくれると信仰される。

なで兎は、元文5年(1740年)から大鳥居(現在の一の鳥居)前に鉄の灯篭が奉納された。この灯籠の火を灯す火袋という部分の上に兎の置物があった。
大神神社の例祭である「大神祭」は崇神天皇8年の卯の日に始まり、それ以来、卯の日を神縁の日として祭りが行われてきた。
夫婦岩

2つの磐座が仲良く寄り添っている形から「夫婦岩」と呼ばれる。古くは神様が鎮まる磐座(いわくら)であったと考えられ、神社の古絵図には「聖天石」と記されている。
「聖天」はインドの神様。この夫婦岩は大物主大神と活玉依姫(いくたまよりひめ)という女性の恋の物語である三輪山説話を伝える古蹟。縁結び・恋愛成就・夫婦円満の磐座として信仰を集めている。
衣掛杉

衣掛杉(ころもがけのすぎ)は、僧・玄賓(げんぴん)と三輪の神の化身といわれる里女との伝説にまつわる杉である。謡曲『三輪』では、玄賓が里女に衣を与えたところ、その衣がこの杉の枝に掛かっていたと語られている。この伝承から「衣掛杉」と呼ばれるようになった。

現在は、往時の杉はすでに枯れており、株(切り株)のみが保存されている。
苔むした屋根の覆屋のもと、静かにその名残をとどめている。
社務所別館

二の鳥居のすぐ手前、祓戸社とは反対側の参道に、そっと佇む「社務所別館」。ここでは、毎月2回(1月・5月・12月を除く)、裏千家淡交会の辻 宗益 氏によるお茶席が開かれる。「社務所別館 客殿」は、かつて昭和天皇も御休憩された由緒ある建物で、普段は静かに閉ざされているその空間に、この日だけ柔らかな灯がともる。

午前10時から午後4時まで、700円。点てられる抹茶は澄み切っていて、三輪の空気そのものを一服に閉じ込めたよう。添えられる季節のお菓子も上品で、人気ゆえ午前中に売り切れると干菓子へと変わる。

参道の賑わいから数歩離れるだけで、空気がふっと変わる。障子越しに差しこむ光、庭を渡る風、畳の香り。ここで過ごす時間は、大和の時がゆっくり流れ直す。

歩き疲れた心と身体を静かに整えてくれる、大神神社ならではの“特別な寄り道”。参拝の合間に、ぜひ味わってみてほしい。
宝物収蔵庫

大神神社の礼拝殿の前にある「宝物収蔵庫」は、三輪山信仰の核心に迫る貴重な資料を収めた場所。三輪山麓の古代祭祀遺跡から出土した土器、三輪山の古絵図、古都・三輪の文化を伝える宝物などが静かに展示されている。
- 開館日:毎月1日・土曜・日曜・祝日
- 時間:9:30〜15:30
- 拝観料:300円

収蔵庫の見どころの一つが、狭井川から出土した古墳時代の土器。これらは、大神神社の祭祀に深く関わる 大直禰子命(おおたたねこのみこと)の出身地・和泉国(現在の堺市・和泉市周辺)から献上されたと考えられている。丸みを帯びた壺や、高杯、鉢など、いずれも素朴で力強さがあり、この地で行われた祭祀の空気が感じられる。

また、大神神社は“酒の神”。宝物収蔵庫には、酒造りに関する平安時代の酒造道具、盃、壺、皿、臼、杵などが数多く展示されている。どれも簡素でありながら、神に捧げる酒をつくるための道具としての気品を備えている。これらを眺めていると、酒づくりが単なる技術ではなく、祈りの行為であった時代が立ち上がってくる。
宝物収蔵庫は華美な施設ではないが、展示物の持つ質感と、独特の静けさが心地よい。
ここを訪れることで、参拝だけでは見えにくい三輪山信仰の深層が自然と掴めてくる。
阪口茶店

大神神社の境内にある茶店。冷やしそうめん、にゅうめん、うどんなど麺類、親子丼など丼ものもある。不定期で営業していることが少ない。
大神神社の鳥居
大鳥居

大神神社の参道にあり、三輪という町そのものの象徴である大鳥居(おおとりい)は、昭和61年5月28日に完成した。高さ32.2m、柱間23mの偉容を誇る。材質は耐候性鋼板で、耐久年数1300年もある。大鳥居の隣には、桜井市の名物「みむろ最中」がある。
一の鳥居

大神神社の参道の第二駐車場の近くにある鳥居。現在の大鳥居ができる以前は、大神神社の大鳥居は、「一の鳥居」を指していた。今でも歴史と風格を残す。
二の鳥居

大神神社の表参道にある鳥居。駐輪場や駐車場があり、ここを通って参拝する。
山辺の道の鳥居

山辺の道から入る場合の鳥居。子どもの頃から、必ずここから入っていた。鳥居をくぐると、すぐに神杉が出迎えてくれ、ここが本来の大神神社への参拝ルートだと実感する。
大神神社の祭事
1月:繞道祭

日本に約8万社ある神社のなかで、年が明けて最も早く始まる祭り、火の祭典が繞道祭(にょうどうさい)である。国家と皇室の安泰、国民の幸福、そして1年の無病息災を祈る、大神神社の年頭を飾る最も重要な神事のひとつ。

午前0時と同時に拝殿奥で火が灯され、午前1時から大美和青年会の氏子が長さ3メートルの大松明を担ぎ、三輪山麓の摂末社19社を巡拝する。

その火を持ち帰って家庭の神棚やお雑煮の祝火として一年間の無事を祈る風物詩である。
8月:七夕祭

大神神社では、7月7日ではなく、旧暦にあたる8月7日午後2時から拝殿で行われる。

七夕祭りは、学業の向上や技芸の上達、そして諸願成就を祈願するもの。

8月1日から拝殿前に笹竹が立てられ、参拝者が自由に短冊に願い事を書いて飾ることができる。

当日の14時からは祈祷が行われ、誰でも拝殿に入ることができる。
10月:秋の大神祭

10月24日、「秋の大神祭」の本祭が午前10時から行われる。この祭りは2000年の伝統を持ち、日本最古の祭りである。この日はm三輪山への入山登拝が禁止される。

宮司による祝詞奏上、巫女による神楽「うま酒みわの舞」が奉納される。

午後からは、三輪地区の子ども会の太鼓台が氏子区域を巡り、午後3時には拝殿前に集合して豊作と家業繁栄を祈願される。

子ども神輿のあとは、女性陣だけの「ギャル神輿」が入場。紅一点ならぬ、紅爛漫で神社の境内を華やげる。

最後は大美和青年会が、 巨大神輿を担ぎ、拝殿の前に到着すると、「ワッショレ」の掛け声のなか、神輿の胴上げ。「ま〜だま〜だ」の掛け声が観客からも飛び交い、三度四度と繰り返す。
11月:醸造安全祈願祭(酒まつり)

11月14日、大神神社では「醸造安全祈願祭(酒まつり)」が執り行われる。酒造りの神として仰がれる大物主大神に、新酒の仕込みの安全と全国の酒蔵の繁栄を祈る祭典で、全国から酒造家・杜氏・酒造関係者が参列する。

祭りに先立ち、拝殿と祈祷殿では杉玉の掛け替えが行われる。重さ約200kgの新しい杉玉が職人の手で担ぎ上げられ、拝殿前に吊るされる。青い杉玉は「新酒ができました」の合図であり、酒屋の象徴として全国の蔵に配られる「志るしの杉玉」の発祥地がこの三輪である。

祈願祭の歴史は大正4年(1915年)にさかのぼる。前年に結成された報本講社から酒造関係者が独立し、「酒栄講」が組織されたことで現在の形が整った。以来110年にわたって、三輪の祭祀と酒造文化を結び続けている。

当日は午前10時半から拝殿で祭儀が始まり、宮司による祝詞奏上、巫女による神楽「うま酒みわの舞」が奉納される。

拝殿での祭典後、酒造関係者は活日命を祀る活日神社へ正式参拝に向かう。普段は閉ざされている拝所が開かれ、玉串が供えられ、酒造りの祖神への祈願が行われる。醸造安全祈願祭は、三輪に伝わる酒造りの伝統を全国へつなぐ、11月の重要な年中行事である。
11月:新嘗祭

秋の光がゆっくりと傾きはじめる頃、「酒まつり」に続いて、11月23日に行われるのが「新嘗祭(にいなめさい)」である。

その年に実った新穀への感謝をささげる祭りであり、起源は弥生時代に遡るとされ、『日本書紀』『万葉集』にも新嘗を詠む歌が残り、古代の祈りのリズムが今も息づいている。

新嘗祭の日は特別に、大美和青年会による名物「にゅうめん」が境内に出店する。一杯400円。

湯気の立つ丼の中には、三輪そうめんの白が澄んだ出汁に浮かび、上には細く切った卵、そして刻みネギがひとつまみ。飾り気のない、体の芯に沁みる“神社の味”である。冷えた11月の朝に手を添えれば、それだけで祝祭の温度が伝わってくる。

大神神社では、神饌田で収穫された米が濁酒へと醸され、神前に奉納される。一年のめぐりが静かに実を結び、酒となって神々のもとへ帰っていく。

祭典では、崇神天皇の時代に天照大御神(アマテラス)を桧原神社へ奉祀した場面を描く神楽「磯城の舞」が、四人の巫女によって奉奏される。巫女の動きは、稲穂が風に揺れるさまを思わせ、古代から受け継がれた感謝のかたちが、今日も変わらず人々を包み込んでいる。
12月:年越しの大祓、除夜祭

大晦日の14時から執り行われるのが「年越しの大祓」。祈祷殿の前は人で埋め尽くされ、早めに行かないと様子が見えない。

「年越しの大祓」は、半年のあいだに身にまとった罪や穢れを人形に託し、祓い清め、心身を元の健やかな状態へ戻すための神事。新しい年を迎える前に、一度すべてを白紙に戻す。参拝者には一様に、「大祓詞」が記された紙が配られ、神職の祝詞に合わせて言葉を口にする。また、人形(ひとがた)と呼ばれる紙が配られ、そこに名前と年齢を書き、息を吹きかけ、自分の身体をそっと撫でる。これで罪や穢れ、または病や災厄をヒトガタに移す。

15時からは拝殿で除夜祭」が行われる。古い年を無事に過ごせたことへの感謝を神に捧げ、心身にまとった穢れをあらためて祓い清め、来る年の安全と繁栄を祈願する。こうして一年が幕を閉じ、元旦の喧騒を迎える。
初詣の参拝者数と混雑状況

大神神社は、初詣の名所としても有名で、例年約50万人が訪れる。三輪山の荘厳な雰囲気のなか、新年の無病息災や家内安全を願う参拝者で賑わう。

毎年この混雑ぶりに連れて行かれたので、30歳を過ぎても初詣が嫌いだった。弟に子どもが生まれ、おじさんになってから初詣に子を連れて行く気持ちがわかった。

今では、元日の初詣で子どもたちが何かを買うのか見るのが楽しみになっている。
大神神社の摂社・末社

大神神社を訪れたなら、本殿だけでなく、ぜひ摂社・末社も巡ってほしい。境内外あわせて20以上の摂社・末社が点在し、大物主神の多様な御神徳を映す鏡となっている。
祓い・医薬・学問・醸造・豊穣など、生活に根づいた信仰が社ごとに息づいている。境外では、元伊勢の桧原神社や夏越の綱越神社、椿と安産の玉列神社が三輪の地勢に祈りを拓いている。
神々の息づく山裾を歩くと、信仰とは日々の暮らしに寄り添う“呼吸”のようなものだと気づかされる。本社参拝のあと、もう一歩奥へ。三輪の地に息づく小さな祈りの道を辿ってみたい。
大神神社の参道グルメ
福神堂

大神神社の玄関口「二の鳥居」の目の前にあり、奈良の郷土料理「三輪そうめん」や「柿の葉寿司」を味わえる食事処が、創業60年以上を誇る「福神堂」

桜井グルメグランプリで「ぶっかけ三輪そうめん」が優勝した実績もあり、人気は「冷やし三輪そうめんと柿の葉寿司」のセット。地元客にはうどんも根強い人気がある。

夏は必ず、マンゴーかき氷とセットで食べてほしい。
森栄進堂

森栄進堂は二の鳥居のそばにある物産品店。ご主人の森さんが厳選された三輪そうめんの一級品が並ぶ。

誉(普通)、緒環(極細)、神杉(超極細)が売られ、特に神杉(超極細)は、そもそも生産が少ないのでスーパーなどでは手に入りにくい。

「ふし」が買えるのも貴重。そうめんの製造工程で、麺を竿に干す際、麺が竿に触れていた部分(端)を切り取ったもので、強い粘りと弾力があるため、煮麺(にゅうめん)にすると最高に美味しい。
そうめん處「森正」

「森栄進堂」の向かいにあるのが、築100年の庭を使った「森正(もりしょう)」。

夏季限定の冷やしそうめん、通年で楽しめる「にゅうめん」ともに、出汁には地元奈良の醤油、みりんを使用。三輪そうめんは「誉(ほまれ)」ではなく、「緒環(おだまき)」を使っている。繊細さと扱いやすさのバランスがよい。

温かい煮麺(にゅうめん)にも向いている。サイドメニューの柿の葉寿司は自家製で、セットで頼む人も多い。参拝の行き帰りに、夏はさっぱりと、冬は体を温めに立ち寄りたい。
三輪伝承蔵(今西酒造)

2025年4月、大神神社の参道に「今西酒造 三輪伝承蔵」が誕生した。杉玉の発祥地であり、日本酒の聖地・三輪にふさわしい、伝統と革新を併せ持つ拠点である。

建物は木の香りに包まれている。吉野杉を贅沢に用い、外壁には伝統工法「板倉造り」を採用した。参道に面した正面には清らかな小橋が架かり、その先に杉玉が揺れる。

「三諸杉 三輪伝承蔵仕込み」は、本店で扱う従来の「三諸杉」シリーズ(本蔵で製造)とは異なり、伝承蔵だけで造られる限定品。アルコール度数が13度と、通常の「三諸杉」よりも2度低く設定されており、より軽やかで飲みやすい仕上がりになっている。

蔵の一角には「角打ち」の立ち飲みカウンターがあり、参拝帰りに立ち寄った人々が、新酒を片手に言葉を交わす。

提供される「伝承蔵セット」や「三輪セット」は、仕込みの違いを比べながら味わえる趣向で、酒そのものを旅の記憶に変えてくれる。
雪の大神神社を歩く〜記憶と祈りのあいだで

新しい靴を履いたときに限って雨が降るように、休みの日に限って寒波が来る。この世界の法則をいまだに解明できない。2月後半の3連休、最終日。3月も間近だというのに、桜井に雪が積もった。朝からしんしんと。昨日までぬくぬくと過ごしていた身には唐突だったが、大神神社の雪景色を見に行こうと思い立った。ぶらりと歩いて、適当に参って、何かを思い出して帰る。

朝8時、大神神社に着いた。雪が敷き詰められた参道は人もまばらで、粉雪が舞う。耳を澄ませば木々が雪の重みに耐えかねて時折ミシミシと軋む音がする。そのたびに、桜井の木も強いなと思う。

境内は、踏みしめる砂利の音だけが響く。鳥の声も、人の話し声もない。巫女さんの赤い袴が、白銀の背景にひときわ鮮やかに浮かんでいた。雪のせいだろうか、いつもより境内が広く見える。静かで、清冽で、現実から少し切り離された別世界に迷い込んだような気がした。

池のそばで足を止める。水面には、青空と雪を纏った木々がくっきりと映っていた。黒い柵の向こう側が、異世界の入り口に見えるほどに、そこは完璧な静けさ。もし、誰かがあの池に飛び込んだら、どこへ行くのだろう。

大神神社には子どもの頃、毎年来ていた。新年になると、親に連れられて嫌々ながら歩いた。正月の人混みが嫌い。人間が集まるとロクなことがない。大人たちは何かにすがりたがる。すがるものなんてなかったし、今もない。
でも、双子の弟に子どもができてから分かった。誰かのために初詣に行く。寒さのなかで手を合わせる理由は、自分のためじゃなくなっていく。
かつて三輪は「美和」と記された。人の願いをやわらかく包むような響き。また来年も、姪や甥たちを連れて、ここに来る。そう願うようになった自分が、少し不思議だった。
コラム:ふるさと桜井と大神神社

大神神社を歩くと、三輪山の斜面から流れてくる冷たい空気に、千年以上前と変わらぬ気配が混じっているのがわかる。社殿よりも前に神が山そのものに宿り、森そのものが社となった場所。ここには、日本の信仰の“はじまり”がそのまま残っている。
三輪山をご神体とし、大神神社は「日本最古」という肩書き以上に、人が神をどう思い、どう敬ってきたかという記憶を丸ごと抱えた原点である。
杉木立の陰に潜む磐座、白蛇が棲む巳の神杉、これらは古代から今へ続く一本の根のようで、参拝者はその根元に手を触れることになる。

桜井にとって大神神社は、ただの観光地でも、立派な社殿のある立派な神社でもない。
ふるさとの時間をつなぎとめる核の存在だ。
子どもの頃に歩いた砂利道の感触、正月の賑わいの中で聞いた大人たちの声、冬の雪に包まれた静謐な境内。その記憶は、歳を重ねるほど重みを増していく。
酒の神を祀る山として、杉玉や酒まつりを通して全国の蔵元と結ばれ、白蛇の神話が地域の伝統を静かに支え続ける。農も酒も医も、縁も道も、人が生きるすべての領域に、大物主大神の加護が流れ込む。
大神神社は、桜井の文化や歴史の背骨であり、山辺の道と共に“日本の原風景”を形づくってきた。足元の落ち葉を踏みしめるたびに、古代から続く祈りの道を歩いていることを思い出す。
ふるさと桜井を語るとき、その中心には必ず三輪山があり、大神神社がある。
大神神社を訪れるということは、歴史を知るだけではなく、自分の中に流れる「ふるさと」の時間と再びつながること。

ここに立つたび、自分が桜井に育てられたことを思い出す。大神神社は、桜井という土地が千年かけて育ててきた、揺るぎない“心のふるさと”であり、“根”そのものであり、これからも揺るがぬ中心であり続ける。
大神神社は、桜井の精神を形づくる“始まりの社”として、今も静かに時代を見守り続けている。
もうひとつの大神神社
大和の山々
大和の寺院
日本最古の市場
日本最古の宮都
新年に響く大和の鐘
万葉の面影・初瀬川