大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

神坐日向神社〜陽の名を継ぎし影の社、祈りの余白に佇む

f:id:balladlee:20250807160130j:image

神坐日向(みわにますひむかい)神社は、奈良県桜井市三輪にある日本最古の神社・大神神社の境外摂社(本社の祭神と縁の深い神を祭った社)である。かつて広大な土地を誇った旧・平等寺跡の先端、南北朝時代にあった大和三輪城の北に鎮座する。

神坐日向神社の歴史

神座日向神社

神坐日向神社の歴史は古く、平安時代の『延喜式神名帳』に記される古社。神社の古絵図に「御子宮(みこのみや)」として描かれている。社殿が神社建築では珍しく北向きになっていることが特徴だ。

神坐日向神社の祭神

神座日向神社

  • 櫛御方命(くしみかたのみこと)
  • 飯肩巣見命(いいかたすみのみこと)
  • 建甕槌命(たけみかづちのみこと)

神坐日向神社の祭神は、大神神社の神主である大直禰子命(おおたたねこ)の曽祖父、祖父、父と三代の神様。『古事記』のみ書かれ、『日本書紀』には登場しない。

大直禰子命は、「大直禰子神社」に祀られているので、少し離れた場所になる。例祭は毎年5月9日に行われる。

神坐日向神社の社名と本殿

神座日向神社

神坐日向神社の本殿は春日造(屋根が曲線を描いて反っている)で、西を向いている。

社名の「神坐日向神社」の日向は「陽のあたる場所」のことであり、神坐日向神社の名前は、「太陽神が座る場所」の意味になる。

f:id:balladlee:20250807160038j:image

その社名から、かつて日神(太陽神)の祭りが行われていた場所だったと想像できる。

ただし、この神社の名前は、元来は「高宮(こうのみや)社」だったと考えられている。

現在の三輪山の山頂にある「高宮社」が本来の「神坐日向神社」であり、明治の廃仏毀釈の際に、なんらかの事情で、社名が入れ替わったといわれる。

神坐日向神社〜陽の名を継ぎし影の社、祈りの余白に佇む

3メートルの大松明が19の摂社・末社をめぐる元旦の繞道祭(にょうどうさい)では、神宝神社、天皇社に続いて3番目に訪れる。ここで、燃え盛る大松明を少し小さくする。

大美和青年会の氏子たちによる、年明けの行事は、大和の正月を告げる誇りである。

コラム:神坐日向神社、道の果てにて

神坐日向神社

誰にも気づかれぬように家々のあいだを抜けていく。左手には板塀、右手には草いきれを押しのけるようにして立つ案内板。そこに書かれている文字は「神坐日向神社」。陽に灼けているが、墨の輪郭は力強い。

石を投げれば大神神社の摂社・末社にあたる桜井市三輪。その中でも、神坐日向神社は少し異質。陰日向に咲く神社。派手な社叢や人影はない。鳥居の向こうには、ただひっそりと、誰かを待つように小さな祠が佇んでいる。

f:id:balladlee:20250807160206j:image

「日向」と名乗りながらも、陽に背を向けているかのようなその佇まいが、なんだか愛おしい。明治の世になり、社名が入れ替わった。理由は不明だ。神社という場所は、過去の層が重なり合って、静かに現在を生きている。誰にも見られずに咲く花のように、誰にも祈られずとも、そこに在り続ける。

神坐日向神社

煌びやかでもない。ただそこに、静かに、確かに存在している。古代から現代へ、名も姿も変わりながら伝えられてきた神の系譜。ここにあるものは系譜でも伝承でもない。

そこに染みついた「空気」だ。人が祈った時間、声を潜めて神に願った記憶。その痕跡だけが、しみじみと息をしている。

神坐日向神社の概要

神座日向神社

  • 歴史:不明(平安時代には存在)
  • 祭神:櫛御方命、飯肩巣見命、建甕槌命
  • 例祭:5月9日
  • アクセス:JR三輪駅から徒歩5〜10分

大神神社の摂社

ふるさと大和の自慢

奈良盆地(大和平野)の郷愁

大和の山々

大和の寺院

日本最古の市場

日本最古の宮都

崇神天皇を祀る社

新年に響く大和の鐘

万葉の面影・初瀬川

神の山への祈り

新年に響く大和の鐘

狛犬の憶い出

日本最古の神社

おんぱらさんの神社

大神神社の摂社

あすかびとへの道

ふるさとのイベント・祭り

大和の詠

長谷寺の門前にある日本一の草もち

長谷寺に泊まるときは「湯元井谷屋」へ

桜井のふるさと自慢

桜井の焼肉は「こよい」へ

桜井の冠婚葬祭

日本一のちゃんこ鍋

桜井が生んだ至高の割烹

大和のうまいもん

大和の名湯