大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

『お好み焼き 里』〜桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

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灯台下暗しとはよく言ったものである。四十余年を生きながら、歩いて行ける距離に旨い韓国料理を食わせる店があるなんて、今まで知らなかった。

「お好み焼き 里」。奈良県桜井市粟殿。県道199号線、出口橋のたもとに、その店はある。

お好み焼き 里

創業は1999年、昨年12月で25周年を迎えた。隣には韓国焼肉「慶州」。これまで幾度も店の前を通り過ぎてきたのに、気にも留めなかった。

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夕暮れを過ぎ、夜の帳が降りると、店先の小さな電灯が暖簾を柔らかく照らし出す。赤い文字で染め抜かれた「お好み焼き」の文字が、闇の中に浮かび上がる。その灯りには旅の途上でふと見つけた宿のような、安心と郷愁を同時に呼び起こす温もりがある。

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暖簾をくぐると、カウンターが5席。厨房には80歳前後のご夫婦が立っている。年齢を感じさせない所作で元気いっぱい。

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奥には2つの小上がりの座敷。壁には古びた演歌のポスターや色褪せたカレンダーがかかり、昭和の匂いをそのまま残している。『じゃりン子チエ』の一場面を思い出させる懐かしい空気が漂う。

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看板は、お好み焼きやタコ焼きといった粉もん。メニューをめくると韓国料理が実に充実している。

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店内の随所に「チヂミ」の文字。田舎ゆえ韓国や中国を嫌う人も少なくない。だから大阪の粉もんを表看板に掲げつつ、その実は韓国の家庭料理を供する。そんな逞しさを、この店は持っている。

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初めて暖簾をくぐったのは、2025年8月19日、午後6時。母と並んで歩いて向かった。韓国のお酒はチャミスルのみ。マッコリもジンロもない。だがその素っ気なさがかえって、この店の料理のやさしさと響き合う。

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突き出しに出された大根のキムチ。酸味が柔らかく、舌にやさしく染みていく。先頭バッターからチャミスルが進んでしまう。

ミノ鉄板焼き

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まずは、ミノ鉄板焼き1100円。タレの甘みが絶妙で、チャミスルと合わせれば、映画『チング 友へ』の絆。昨年釜山で食べた味が甦る。ここが桜井なのか、韓国の食堂なのか、ふと分からなくなる瞬間があった。

チヂミ

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名物のチヂミ、500円。サクサクとした軽快さとモチモチとした食感が共存する。甘みのあるタレ。癖がなく、子どもでも夢中になるだろう。チャミスルを重ねれば、『ブラザーフッド』のチャン・ドンゴンとウォン・ビンのように寄り添う味になる。

キムチチャーハン

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締めはキムチチャーハン。辛さは皆無。驚くほどにやさしい。こんな温もりに満ちた炒めご飯に出逢えるとは思わなかった。ファーストコンタクトにして、すでに心を掴まれていた。

徒歩15分圏内に、これほどの韓国料理を出す店があるとは。12年間、新宿に住んでいたときには、新大久保の韓国料理に通ったものだ。だが「里」の料理は、それらを凌駕する。何よりも圧倒的に「オモニの味」がするのだ。これから毎月、必ず通うことに決めた。いや、月に一度どころか、もっと通いたい。そう思わせる温もりが、この小さな店にはあった。

2025年9月9日

お好み焼き 里

2025年9月9日。夕暮れの山辺の道を歩いて「里」へ向かう。沈む太陽が古い町並みの屋根瓦を染め、どこか旅先にいるような錯覚を抱かせる。

桜井という町は、石を投げれば歴史にあたる。そんな町で、徒歩圏内にふと韓国の味に出会えるのは、故郷の密やかな贅沢のひとつ。

浅漬けのきゅうり

お好み焼き 里

暖簾をくぐると、女将さんが出してくれた小皿が卓に置かれる。浅漬けのきゅうり。昨日の朝に漬けたばかりだ。醤油の甘さと酸味がほどよく調和し、噛むとみずみずしい香りが立ちのぼる。そこへ辛口のチャミスルを流し込む。喉の奥に涼やかな風が通り抜け、体がほどけていく。

ホルモン炒め

お好み焼き 里

次に運ばれてきたのはホルモン炒め。皿から立ちのぼる甘辛い匂いに、思わず箸が伸びる。噛めばプリプリと弾み、脂の旨みが舌の上でとろける。タレの甘さとホルモンの野性味が、再びチャミスルを誘う。韓国の酒は、こうした料理と組んだときに本領を発揮する。

海鮮チヂミ

お好み焼き 里

海鮮チヂミは、焼き立ての香ばしさがまず先にやってくる。サクサクとした食感。噛むたびに海鮮のコリコリとした歯ごたえが顔を出す。

お好み焼き 里

ひと切れ、ふた切れと重ねても、飽きが来ない。それどころか食べ進めるほどに、粉もんの素朴さと海の恵みの旨みが、じわじわと口中に広がっていく。

クッパ

お好み焼き 里

そして締めにクッパ。熱々の湯気とともに立ち上がるのは、野菜の瑞々しい香り。スープをひと口すすると、淡い辛味が舌にやわらかく絡み、体の芯に温もりが届く。

黄金のスープが「STAY GOLD」と語りかけてくれる。

『お好み焼き 里』桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

韓国料理というより、日本の家庭料理にほんの少し辛味を加えたような、どこか懐かしい優しさ。冬に再び訪れ、湯気の向こうに浮かぶ笑顔とともに味わいたい、そんな一椀だった。

この町の夕暮れと同じように、「里」の料理は決して派手ではない。だが、素朴な温かさと力強さをあわせ持ち、気づけば胸の奥に静かに灯をともしてくれる。

2025年10月8日

『お好み焼き 里』桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

前日は美しいハーヴェスト・ムーンが三輪山の上空に浮かんだが、あいにく十六夜の月は雲に隠れて見えなかった。ならば“満腹の月”『お好み焼き 里』だ。

ポテトサラダ

『お好み焼き 里』〜桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

赤い木目のテーブルに腰を下ろすと、まず小鉢のポテサラがそっと置かれる。ほっくり甘く、塩がきゅっと芯を通す。やさしさと力強さが同居する、ここでの一皿目にふさわしい合図だ。

ホルモン煮

『お好み焼き 里』〜桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

続くホルモン煮は、湯気の向こうでつややかに揺れる。ひと口で分かる“下ごしらえの勝利”。臭みは影も形もなく、コクのある甘みがじんわり広がる。調味料でごまかさない、素材の旨みをまっすぐ引き出した滋味。思わず小さくため息が出る。

チャンジャ

『お好み焼き 里』〜桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

チャンジャは、タラの胃や腸などの内臓を塩漬けにし、唐辛子、ニンニク、コチュジャン、ごま油などで調味した韓国の魚介キムチ(塩辛)のこと。「里」の常連さんの中でもファンが多い。毎回、頼みたくなるのも納得の美味。

ハート型の器に盛られたチャンジャは、見るからに食欲をそそる朱。コリコリと小気味よく、辛さは尖らず円い。気づけば茶碗のご飯がみるみる減っていく。“止まらない、やめられない”の正体がここにある。チャミスルの小さなグラスを傾ければ、清冽な喉越しがさらに後押し。危険なくらい箸が進む。

スジチヂミ

『お好み焼き 里』〜桜井の韓国、昭和の空気とオモニの温もり

締めに選ぶのはスジチヂミ。外は香ばしく、中はふっくら。主張しすぎない牛すじが、粉のうまさとネギの香りを下支えして、母なる一体感をつくる。熱いうちに頬張れば、心までほどける。

気取らない店内、ぬくもりある皿の数々、ゆっくりと流れる時間。満月の夜に負けない“まるい幸せ”が、ここにはある。派手な演出はないのに、帰り道にふとまた食べたくなる。そんな記憶に残る味。

月が雲間に隠れたとしても、大丈夫。地上の月は「里」に昇る。

お好み焼き 里の店舗情報

  • 営業時間:11:30 - 14:00、17:00 - 22:00
  • 定休日:月曜

桜井のうまいもん