大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

相撲神社〜力と祈りの聖地、相撲発祥の地・桜井市穴師を歩く

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「大和橘(やまとたちばな)」というミカンが最初に栽培された場所。みかん発祥の地である奈良県桜井市穴師(あなし)は、相撲発祥の地でもある。

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田畑の向こうにゆるやかな丘陵がのび、古代の都「纒向(まきむく)」の記憶が、静かな土地の呼吸として残っている。

道の途中にはいくつもの石碑が立ち並ぶ「垂仁天皇纒向珠城宮跡」や「景行天皇纒向日代宮跡」。どちらも『日本書紀』に記された天皇の宮跡であり、ヤマト王権が国家として形を成していった最初の舞台だった場所だ。

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第11代・垂仁天皇が営んだ珠城宮跡は、田園の中にぽつりと立つ石碑が印象的である。周囲は見渡す限りの稲田と池。鴨が気持ちよく泳いでいる。

相撲神社〜力と祈りの聖地、相撲発祥の地・桜井市穴師を歩く

北を向くと、行燈山古墳(崇神陵)や渋谷向山古墳(景行陵)など、巨大な前方後円墳が地平線の向こうに肩を並べている。そこには、王権の成立を支えた古代人の“祈りと力”が確かに息づいている。

垂仁天皇は、それまで天皇が崩御した際に、人を生き埋めにしていた風習をやめ、代わりに埴輪を埋めることにした天皇。多くの人命を救った。

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やがて、景行天皇の「纒向日代宮跡」に至る。ヤマトタケルの父である景行天皇が政を執ったと伝えられる地。

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そばには小さな祠が建ち、地域の人々が静かに手を合わせていく姿も見られる。

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その延長線上にあるのが、「相撲神社」である。道の突き当たり、緑の森に吸い込まれるようにして建つ小さな社。入口には「相撲発祥の地」と記された緑の看板が立ち、鳥居の向こうには、杉の香りと静謐な空気が満ちている。

相撲神社〜力と祈りの聖地、相撲発祥の地・桜井市穴師を歩く

祭神は、力と祈りの神・野見宿禰(のみのすくね)。『日本書紀』に記される、力自慢の神人だ。

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今からおよそ二千年前、垂仁天皇の御前で当麻蹴速(たいまのけはや)と力比べを行い、その勝敗を決した。

相撲神社〜力と祈りの聖地、相撲発祥の地・桜井市穴師を歩く

これが「天覧相撲」、すなわち日本相撲のはじまりとされる。ここ、穴師の地がその舞台だった。

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蹴速は敗れ、命を落としたが、ただの勝敗ではなかった。土を踏み、力を尽くすことが“祈り”であった時代の、神事のひとつだった。

相撲神社〜力と祈りの聖地、相撲発祥の地・桜井市穴師を歩く

神社の名に「相撲」を冠するのは、その由縁である。ここは「日本最古の相撲」が行われた場所、いわば国技の源泉だ。

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境内にはいくつもの碑が立ち並ぶ。「相撲派遣角力之祖」「勝利の聖 野見宿禰」と刻まれた石碑。野見宿禰の出身は 「出雲国(現在の島根県)」とされるのが通説だが、桜井市出雲(旧・出雲村)の出身とする地域伝承も存在する。桜井市出雲には「十二柱神社」があり、野見宿禰を祀っている。島根県が有力だが、個人的には桜井市の出身説を推したい。

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令和二年の大相撲初場所で優勝した徳勝龍(奈良県出身)の記念碑も新しく加わり、伝統と現代の力士たちの思いが静かに交差している。

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さらに目を引くのは、腰を落として構えを取る力士像。全身に気をみなぎらせ、しかしどこか柔らかい表情をたたえる。その姿は、相手を倒すためではなく、まっすぐに立ち向かうための構え。

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森の奥では木漏れ日が土を照らし、風が枝を鳴らすたび、はるか昔の取組の気配がよみがえる。

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古代の格闘が行われたという“カタヤケシ”の境内の奥には、かつての土俵跡がある。今は青いシートで覆われているが、地面の下には「最初の勝負」が眠っている。

その傍らに立つと、聞こえてくるのは観客の歓声ではなく、森の呼吸と鳥の声だけ。ここでは勝ち負けよりも、“まっすぐ立つこと”そのものが祈りであり、美だった。

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相撲神社の境内には、柿本人麻呂による冬の美しさを詠んだ歌碑がある。

巻向(まきむく)の

桧原(ひばら)も未(いま)だ

雲いねば 小松が末(まつ)ゆ

淡雪(あわゆき)流る

巻向(まきむく)の檜原(ひばら)の空には、まだ雲もかかっていないというのに、
その手前にある小松の梢には、淡い雪がさらさらと流れ落ちていくことだ。

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森を抜けると、その先に穴師坐兵主神社(あなしにいますひょうずじんじゃ)が鎮まる。相撲神社の本宮であり、この一帯の氏神でもある。

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兵主神、武を司る神、すなわち祓いと鎮めの力を象徴する存在。社殿は春日造で、背後の山を御神体とし、境内には多くの摂末社が寄り添う。この地が古来「力」と「祈り」が交わる聖域であったことを、静かに物語っている。

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相撲神社へ向かう道は、古代日本の心をなぞる小径だ。天皇の宮跡、王たちの墳墓、そして力士の祈りの社。それらがわずか数十メートルの範囲に重なり合い、神と人、古代と現代がひとつに溶け合っている。

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相撲神社は、ただの発祥地ではない。それは、力と誠をもって生きようとした人々の記憶を、いまも森の中に抱き続ける、日本の祈りの原点である。

相撲神社の概要・由来

  • 所在地:奈良県桜井市穴師(穴師坐兵主神社の境内摂社)
  • 祭神:野見宿禰命(のみのすくねのみこと)
  • 由来:垂仁天皇の御前で行われた、野見宿禰と当麻蹴速(たいまのけはや)の力比べが行われた地とされ、「相撲発祥の地」として伝わる。
  • 社格:穴師坐兵主神社の境外摂社
  • ご利益:勝負運向上、スポーツや武道の守護神として信仰される
  • 駐車場:あり
  • アクセス:近鉄桜井駅またはJR桜井駅から奈良交通バス天理行き「相撲神社口」下車、徒歩約20分