大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

吉方庵〜大和菓子の新しい地図、三輪山の風が甘くなる旅

f:id:balladlee:20251117161937j:image

ふるさと奈良県桜井市の和菓子といえば、「みむろ」の名が真っ先に挙がった。弘化元年、1844年の創業から最中ひとつで時代を超え、地元の人々に寄り添ってきた老舗だ。桜井から帰るお土産といえば、「みむろ最中」だった。その桜井で、もうひとつの名が、ゆっくりと広がっていった。

吉方庵(きっぽうあん)。昭和39年11月に創業した、比較的新しい和菓子店である。三輪の山里に本拠を置き、「桜井をとりまく歴史・文化・自然をテーマに、郷土の物語ゆたかなる菓子を創造する」。そんな理念を掲げる店は、言葉以上の誠意を、和菓子という形で示してきた。

f:id:balladlee:20251117162005j:image

本店は日本最古の道・山辺の道沿い、桜井市粟殿にある。朝9時から19時まで、元日を除いて年中無休。山辺の道を歩く旅人が、桜井駅からの散策の途中でふと立ち寄り、菓子と茶で体をあたためることができる。その、絶妙な時間帯に店は開いている。

店の前に立つと、まず建物の佇まいに目を奪われる。黒と木の落ち着いた横格子。潔い白幕が風に揺れ、赤い幟が染め抜かれている。三輪山の裾野にふさわしい、清新さと重みが同居した外観。

f:id:balladlee:20251117161953j:image

そして驚くほど広い駐車場。その奥に、秀麗な三輪山の姿が見える。吉方庵の菓子は、この山の気配をまとっている。

f:id:balladlee:20251117162008j:image

一歩、暖簾をくぐる。広々とした店内にはやわらかな木の光が差し込み、ガラスケースには四季折々の菓子が並ぶ。

f:id:balladlee:20251117161951j:image

奥をのぞけば、作業着を着た職人が静かに小豆を炊いている姿が見える。和菓子を「売る」のではなく、「生む」ための場所なのだとわかる。

吉方庵のポイントカード

吉方庵でしか味わえない餡がある。「しづる餡」。北海道産の大粒小豆〈しょうず〉を惜しげもなく使い、風味を逃さぬよう、五時間もの工程を経てゆっくりと炊き上げ、一晩寝かせて完成する。専任の職人が手間を惜しまないため、一度にたくさんは作れない。だが、その不器用なまでの丁寧さが、上品でみずみずしい甘さを生む。喉に残るのではなく、心に残る甘み。

f:id:balladlee:20251117161959j:image

10時からは、併設の「和風茶房 吉方庵」が開く。店内の奥に広がる喫茶スペースは、木材と柔らかな照明に包まれ、旅人の足を自然と止める。ここでしか味わえない限定の菓子や甘味があり、席に腰を下ろすと、外の時間がゆっくりと遠ざかっていく。

f:id:balladlee:20251117173338j:image

三輪を歩き、山の辺の道を辿り、明日香の夢に遊ぶ。その途中で出逢う甘みは、ただの土産物でも、旅のエピソードのひとつでもない。この土地の歴史と文化と自然、その一端をそっと手に取ったような体験である。

吉方庵の銘菓

f:id:balladlee:20251117162002j:image

吉方庵は、「桜井をとりまく歴史・文化・自然をテーマに、郷土の物語を宿した美味なる菓子をつくる」。そんな揺るぎない理念を胸に歩んできた和菓子店だ。
日本最古の伝承と祈りが折り重なるこの土地で、職人たちは日々、技を磨き、心を込めて和菓子を生み出している。

その結晶ともいえるのが、吉方庵が誇る七つの銘菓。七福神が菓子となって現れたような、個性豊かな“七つの宝”を紹介する。

いわれ

f:id:balladlee:20251117161948j:image

一番人気が「いわれ」。生クリームを入れた黄味餡をバターとミルクいっぱいのソフトな生地に包み焼き上げた乳菓。磐余(いわれ)は、桜井市中部(阿部・池之内)周辺の地域。大和朝廷時代には政治的な要地で、数多くの天皇の宮が置かれた。

つばいち

f:id:balladlee:20251117161939j:image

日本最古の市場である「海柘榴市」の繁栄の印を、桜井市で昔より親しまれている最中に調製したもの。大粒のあんが、吉方庵のやさしと甘さの象徴。

三山っ子

f:id:balladlee:20251117161942j:image

大和三山をイメージした「三山っ子」は、吉方庵の自慢のどら焼き。みずみずしい餡と「ふっくら」「しっとり」した生地との絶妙な調和。

明日香小町

f:id:balladlee:20251117162013j:image

「明日香小町」は、柔らかさのなかにもコシがある求肥餅に、くるみを入れ、黒須黄な粉をまぶして仕上げたもの。「飛鳥」ではなく、「明日香」が素晴らしい。

まきのもも

纒向遺跡から発掘された大量の桃の種をイメージした「まきのもも」。桜井にとっては邪馬台国に関連するものであり、大切な宝石だ。

三輪一献

f:id:balladlee:20251117161945j:image

三輪の今西酒造の吟醸酒粕と豆乳を使用し、 口とけの良い生地に焼き上げたもの。 吉野葛を入れた「吉野羹」をはさみ、大和の誇れる逸品に仕上げている。

すずなり

f:id:balladlee:20251117162010j:image

日本最古の柑橘「大和橘」を使用した鈴なり。邪気を清め、不老長寿、子孫繁栄。幸せが鈴なり(たくさんの果実が実る)になるように願いが込められている。

季節限定:三輪福来

f:id:balladlee:20250930205229j:image

「みわふらい」は、三輪そうめんを衣にまとわせて揚げたサクサク食感の揚げ饅頭。素麺の塩気と、5時間炊き一晩寝かせた“しづる餡”のやさしい甘さが重なり、素朴で奥行きのある味わいを生む。販売は9月中旬〜4月中旬の季節限定。山辺の道の散策に添えたい、三輪ならではの小さな福のひと口。

吉方庵では焼きたての「みたらし団子」を店舗の前で販売することもある。

大和の歴史を一口に。日本最古の道に立つ吉方庵。その和菓子は、まさに和を以て美と成す。それを味わった瞬間、自分の舌の上に、三輪山の風を感じる。

 

吉方庵 本店

桜井の銘菓