大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

鴨都波神社〜大和・葛城の古社、川の合流地に鎮まる水と人をつなぐ社

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鴨都波神社(かもつばじんじゃ)は、奈良県御所の町はずれ、葛城川と柳田川が寄り添う合流地に鎮まる。石の明神鳥居をくぐると、太い注連縄が陽を受けて揺れ、額に刻まれた社名が白く光る。背後には濃い社叢が立ちのぼり、杉と広葉の匂いが鼻をくすぐる。水辺の神にふさわしい湿り気をたたえ、風が来るたび葉擦れがさざなみのように響く。

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玉砂利の明るさの向こうに、社務所と拝殿が肩を寄せ合って建つ。母屋の木肌は年相応に艶を帯び、拝殿の注連と紙垂が清々しい。

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境内を歩けば、石灯籠が苔の緑をまとい、参道の端に「追慕」と刻む石柱が立つ。木漏れ日は刻一刻と位置を変え、砂利に点描を描く。日々の暮らしに寄り添い、季節の節目に少しだけ背筋を伸ばす。

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向かい合う狛犬は少し丸みがあり、旅人の気配に目を細めるようだ。拝殿の破風真下には「鴨都波神社」と金泥の額、軒の意匠には交差組が美しく、素直な大和の仕事ぶりが見える。

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境内を流れる光はやわらかく、午前の鈴音が人の気配に重なる。人の温度が、神域の空気をあたためている。

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社殿の奥、瑞垣越しに本殿がのぞき、銅板屋根の緑が木々と溶ける。

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脇へ回ると小社が連なり、火産霊神社に竈三柱大神、祓戸神社の四柱、猿田彦神社、天満神社、笹神社、八坂神社、稲荷神社と、暮らしを支える神々が小さな社に息づく。

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稲荷社へ通じる朱の鳥居列は深い森の影に映えて鮮烈で、足を踏み入れると砂利の音が遠ざかり、灯籠の陰影が長く伸びる。

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もう一方には御神木が天へ伸び、荒々しい樹肌に紙垂が結ばれる。根方の石は苔をまとい、長い祈りを知っている顔つきだ。古い五輪塔の地輪が二基残り、明応の年号を刻んで、ここが人と祈りの歴史を重ねてきたことを静かに告げる。

歴史

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鴨都波神社の由緒は3世紀ごろに実在したと言われる第10代・崇神(すじん)天皇の時代にさかのぼる。太田田根子(おおたたねこ)の孫(まご)にあたる大賀茂都美命(おおかものつみのみこと)が、天皇の命を受けて、この葛城邑加茂(かつらぎのむらかも)の地に祀ったと伝えられている。

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鴨都波神社は平安時代の『延喜式(えんぎしき)』に名前があり、「葛木鴨社(かつらぎかもしゃ)」「下津加茂社(しもつかもしゃ)」とも呼ばれる。高鴨神社(上鴨社)・葛木御歳神社(中鴨社)に対して「下鴨社」と称される。

この社が「下鴨社」と呼ばれるのは、高鴨神社(上鴨社)、葛木御歳神社(中鴨社)と連なる葛城の鴨三社のひとつだからである。水の気配、稲の香り、人の声。それらが溶けあって、鴨都波は今日もやわらかい。水辺の神の気配が、人の暮らしに寄り添っている。

境内の周辺には弥生時代中期の「鴨都波遺跡(かもつばいせき)」があり、土器や農具、住居跡がたくさん見つかっている。これによって、むかし鴨族がこの地に住み、川の恵みを受けながら農耕生活をしていたことがわかる。

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鴨都波神社は大和(やまと)・伯耆(ほうき)・出雲(いずも)に神社に仕える人々の村を持ち、畝尾薬(うねおやく)と呼ばれる和薬(わやく)を伝えたという記録も残っている。さらに、水を分け合う神事(しんじ)が行われ、法事川(ほうじがわ)で禊祓(みそぎはらえ)をして、法螺貝を吹きながら水を流した、という伝承も残されている。

祭神

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主神(しゅしん)は 積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと) である。
事代主命(ことしろぬしのみこと)は大国主命(おおくにぬしのみこと)の子で、古事記や日本書紀に登場する神。恵比寿(えびす)さまと同一視されることも多く、漁業や商売繁盛を司(つかさど)る神として広く信仰されている。

配神(はいしん)として 下照比売命(したてるひめのみこと) と 建御名方命(たけみなかたのみこと) を祀(まつ)る。下照比売命は大国主命の娘とされ、光や稲穂の実りを象徴する女神である。建御名方命は大国主命の子で、出雲の国譲り神話に登場する力強い神。長野県の諏訪大社(すわたいしゃ)の祭神として有名で、農業や武勇、風の神として信仰される。

さらに、本殿の境内社(けいだいしゃ)には 大物主櫛瓺玉命(おおものぬしくしみかたまのみこと) と 大国主大神(おおくにぬしのおおかみ) を祀る。
大物主櫛瓺玉命は三輪山(みわやま)の神で、蛇や水と結びつけられる神。酒造や薬、農耕の守り神としても信仰が厚い。大国主大神は国造りの神として知られ、多くの子神をもうけた大和の大きな祖神(おやがみ)である。医療、農業、縁結びなど、人の暮らしを支える幅広いご利益を持つ。

奈良県桜井市の大神神社

大国主命の子である事代主命を中心に祀るこの神社は、紀元前からある日本最古の神社・奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)の別宮(べつぐう/特別な関わりを持つ神社)ともいわれ、葛城(かつらぎ)と三輪(みわ)を結ぶ信仰の要(として古くから崇敬されてきた。

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古い社名は「鴨都味波八重事代主命神社(かもつみわやえことしろぬしのみことじんじゃ)」で、これは「鴨の水端(みづは)の神」という意味だとされる。つまり、葛城川と柳田川が合流する水に恵まれた土地に鎮まっていることと深い関わりがある。

「鴨都波(かもつば)」という名前は、水の流れや水のまわりを表すとも、また「ミワ(三輪)」との結びつきを示す。社名そのものが、水と大和の歴史や信仰の深い層を映し出している。

末社

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稲荷神社(いなりじんじゃ)

御祭神:宇賀之御魂命(うかのみたまのみこと)
五穀豊穣や商売繁盛の神様として知られる。稲の霊を神格化した神で、全国の稲荷信仰の中心にある。境内では朱の鳥居が連なり、狐の像が参道を守る姿が印象的。

笹神社(ささじんじゃ)

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御祭神:世織里津姫命(せおりつひめのみこと)
水の浄化や罪・けがれを祓う働きを持つ女神。笹の社として祀られ、清らかに流れる水と結びつく。参拝者に「心身を清める力」を与えるとされる。

祓戸神社(はらえどじんじゃ)

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御祭神:祓戸四柱大神(はらえどよはしらのおおかみ)
瀬織津比売(せおりつひめ)をはじめとする四柱の祓いの神々。あらゆる罪や災いを川や海へ流し去り、清めてくれる。日常の厄除け・無病息災を願う人々の信仰を集めている。

神農社(しんのうしゃ)

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御祭神:少名毘古那神(すくなびこなのかみ)
医薬・病気平癒の神として崇敬される小さな神。大国主命と共に国造りを行ったとされ、薬草や医療の知恵を人々に授けたと伝わる。境内の神農社は、古代から薬草文化の伝わった葛城の地らしい祀りである。

八坂神社(やさかじんじゃ)

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御祭神:素戔嗚命(すさのおのみこと)

素戔嗚命は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟神として古事記・日本書紀に登場する。荒ぶる性格を持ちながらも、人々を疫病や災いから守る神として信仰されてきた。京都の八坂神社をはじめ、全国の「天王社(てんのうしゃ)」に祀られ、夏祭りや祇園祭の神としても有名である。

鴨都波神社の境内にある八坂神社は、木立に囲まれた小社で、石灯籠が両脇を守っている。苔むした石と木漏れ日が調和し、素戔嗚命の力強さと、災厄を祓う清らかな気配を感じさせる。参拝する人は、病気平癒や無事息災を願って手を合わせることが多い。

こうした末社は、人々の生活に直結する「食・水・祓い・医薬」の神々をそれぞれ祀っており、鴨都波神社が古代から暮らしに寄り添う総合的な信仰の場であったことを示している。

  • 歴史:崇神天皇の時代(3世紀頃)
  • 祭神:積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと)
  • 例祭:秋季大祭(ススキ提灯献灯行事)など
  • アクセス:近鉄・JR御所駅から徒歩10分

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