
奈良県立美術館は、奈良市登大路町に位置する県立の美術館。展示の中心は日本美術で、奈良にゆかりの深い作品や、近現代の優れた美術品を幅広く収集・公開している。常設展を設けておらず、多彩なテーマを掲げた企画展を随時開催し、訪れるたびに新鮮な出会いを提供してくれる。

立地は奈良公園のほど近く。緑に囲まれた静かな環境にあり、落ち着いた雰囲気のなかで美術品を鑑賞する。観覧の前後には、興福寺や春日大社などの名所にも足を運べるため、散策とあわせて楽しめるのも魅力の一つ。

アクセスも良好で、行基像のある近鉄奈良駅から1番出口を出て徒歩5分ほど。
JR奈良駅から向かう場合は、三条通をまっすぐ進み、さくら通りを抜けるルート。

途中、興福寺の境内近くでは、愛らしい鹿たちの姿を横目に歩くことができ、奈良らしい風景を味わえる。

バスを利用する場合は「県庁前」の停留所で下車すればすぐ目の前に美術館が現れる。

建築はコンパクトながらも印象的で、東西に並ぶ二つの方形屋根をもつ建物が廊下や展示室によって連結された独特の構造を持つ。周囲の成長した木々に包まれるように佇む姿は、都会の喧騒を忘れさせる穏やかさをたたえている。

入口では、奈良出身の彫刻家・杉村尚によるブロンズ彫刻《律》が訪れる人を静かに迎える。美術館は1973年に竣工し、設計は奈良県庁舎や県文化会館も手がけた建築家・片山光生による。奈良公園の景観に調和するよう設計された。打ち放しコンクリートや回廊的な構造により、モダンさと伝統的意匠を融合している。

内観は、外観の落ち着いた雰囲気をそのまま引き継ぎつつも、シンプルで清潔感のある空間。受付ロビーは白いタイル張りの壁で構成され、ガラス扉から自然光が差し込む。ロッカーや案内表示も整然と配置され、博物館的な堅実さ。

館内に進むと吹き抜けのホールがあり、天井の照明が温かい光を落とす中、中央には存在感のある大型彫刻が展示されている。広々とした空間に伸びやかに立つその彫刻は、翼を広げるような造形で、訪れる人の目を一瞬で惹きつける。
直線的な階段と手すりが伸びる2階への吹き抜け構造は、建築のモダンな骨格を強調し、展示室への期待感を高めてくれる造り。全体として奈良公園の静けさに調和しつつ、現代的な美術館としての凛とした気配が漂っている。
展示(企画展):吉野林業の世界

2025年9月13日(土)から11月16日(日)まで、1階ギャラリーにて無料企画展「吉野林業の世界」が開催されている。展示の中心となるのは、奈良の伝統産業である吉野杉の林業に関わる道具や資料。伐採から製材、運搬に至るまで、先人たちが受け継いできた知恵と技術が並び、木と共に生きた土地の歴史を体感できる内容になっている。

なかでもひときわ目を引くのが、吉野杉でつくられた酒樽。吉野杉は年輪が細かく均質で、加工性と香りの良さに優れることから、古くから酒樽や桶に重宝されてきた。江戸時代には、奈良から江戸へと酒が樽で運ばれる過程で杉の香りが酒に移り、その豊かな風味が江戸庶民の舌を魅了した。
酒の味わいを育む存在としての吉野杉の酒樽は、奈良の酒文化と切り離せない象徴である。木の香りが漂ってきそうな展示空間で、林業が地域の生活や文化をどのように支えてきたのかを直に感じ取ることができる。
展示(企画展):行為と作品

奈良県立美術館では、収集家・大橋嘉一氏が生涯をかけて集めた「大橋コレクション」をもとに、白髪一雄を中心とした企画展を不定期で開催している。今回の展覧会は「行為と作品」と題され、所蔵する121点の白髪作品から選りすぐりが紹介された。
白髪一雄は、戦後日本の前衛美術を代表する存在。床に広げたカンヴァスに素足で踏み込み、全身を揺さぶりながら描く“フットペインティング”によって、他に類を見ない迫力ある画面を生み出した。その制作行為そのものが芸術となり、作品はまさに肉体と精神の軌跡である。

《作品》の連作は、文字であり記号であり、魂である。絵具は、地殻変動のように隆起し、人間の肉体と精神のぶつかり合い。

血流であり、大地の鼓動であり、自然と人間は別々の存在ではなく一体なのだ。展覧会で実物に出逢うと、絵具の厚みや、画面に刻まれた身体の痕跡に圧倒される。
奈良県立美術館の公式サイトで公開されている白髪一雄の絵画は僅か。著作権の関係で撮影は禁止されているのが惜しい。アルキド樹脂塗料の《キリーク》1976年はネットにも画像がなく、多くの人が触れる機会を失っている。ぜひ開放性をアップさせてもらいたい。
展示(特別展):安藤榮作-約束の船-

奈良県立美術館で開催された特別展「安藤榮作-約束の船-」は、奈良・天理を拠点に活動する彫刻家・安藤榮作の世界を体感できる展覧会。

1961年東京都生まれ。2011年の東日本大震災を契機に飛鳥村へ移り住み、翌年から天理を拠点に制作を続けてきた。

吉野のヒノキをはじめ、奈良の山々から生まれた原木や廃材を手斧で叩き刻む手法で彫刻をつくり出す。斧の跡が無数に刻まれた木肌には、作家の呼吸と木の生命力がそのまま宿っている。

展示室に並ぶ作品は、どれも木の力を解き放ち、空間そのものを揺るがす存在感を放っている。

一部の作品は実際に触れることができ、木の温度や質感、重量を直に確かめられる体験型の展示となっている。冷たいブロンズ像とは対照的に、木の作品からは柔らかい温もりと生のエネルギーが伝わってくる。木そのものが息をしているかのようだ。

作品の中には弦を張って音を奏でるものもあり、実際に響く音色はお寺の鐘のように低く澄んだ響きを持つ。木彫と音、視覚と聴覚が交わることで、展示空間はより一層深みを増す。
《狛犬》

ユーモラスで、神社に実際にあれば参拝者を笑顔にさせそうな存在感がある。
《歩く富士山》

童心あふれる作品。富士山が日本全国を行脚したら面白い。北海道や沖縄の人も日常の中に富士山を見られる。
《阿修羅くん》

三面六臂の姿を愛らしく再構成したもの。祈りながらも人間的に何かを求める。そこには仏と人間が対等に寄り添い、互いに助け合う関係が表現されている。
《宇宙の始まり》

安藤榮作の大作《宇宙の始まり》に立ち会うと、そのスケールと存在感に圧倒される。タイトルは「宇宙の始まり」だが、そこに広がっているのは無限の宇宙空間ではなく、むしろ古代大和の大地の記憶を呼び覚ますような光景である。

面木彫のパネルには、太陽や動物、手や人の姿が刻まれ、古代の人々が残した岩絵や土器の文様を思わせる。そこには天地の恵みへの祈りや、自然と共に生きる喜びが刻み込まれており、生命が生まれる場としての大地の力強さが感じられる。

見た目はアフリカ彫刻に近いが、海柘榴市(つばいち)の賑わいを想起させる。古代、大和の要地であった海柘榴市は、人や物が行き交い、文化が交錯する活気ある市場だった。そのざわめきや熱気が、この木彫群の中に脈打っているように思える。

《宇宙の始まり》は、宇宙的な時間の始まりを語ると同時に、奈良という土地の根源的な記憶を呼び起こする。木の肌に刻まれた斧の痕跡は、創造の衝動そのもの。「宇宙」と「大和」が交錯する場を体現した彫刻である。
奈良県立美術館は、奈良公園のほど近くに建ち、静けさの中で多彩な美術に触れられる。奈良の伝統と前衛を結ぶ場として、美術館は訪れる人を深い感動へ導いている。森が語り、山が見守る。山の静けさ、森の記憶とともに歩む美術館である。
奈良県立美術館の概要
- 開館:1973年3月
- 住所:奈良県奈良市登大路町10-6
- 設計:片山光生
- 所蔵:約4,100点
- 目玉:白髪一雄《キリーク》
- メシ:なし
- 撮影:一部可
- 開館時間:9:00~17:00(入場は16:30まで)
- 休館日:月曜日(祝休日の場合は翌日休館)、年末年始
- アクセス:近鉄・奈良駅/1番出口から徒歩5分
奈良のまほろば美術館
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