大和ふるさと手帖〜奈良だより

故郷・大和(なら)のまほろばを紹介します。歴史、風土、寺院、遺跡、古墳。あすかびとを目指して。

大和の唄

柿本人麻呂「ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも」〜花より先に、霞が教えてくれた

ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも 現代訳 久遠の空にそびえる天香久山(あまのかぐやま)。その山に夕霞がたなびいている。どうやら春が訪れたにちがいない。 歌の意味 この歌は、大和三山のひとつ「天香具山」を舞台に、目に見えぬ季節の…

大来皇女「うつそみの人なるわれや明日よりは二上山を弟世とわが見む」〜山を弟として生きる、喪失を語らない喪失

うつそみの 人なるわれや 明日よりは 二上山(ふたかみやま)を 弟世(いろせ)とわが見む 現代訳 この世に生きる人間である私は、明日からは、二上山を、わが弟だと思って眺めて生きていこう。 歌の意味 右端の2つが二上山 この歌は、大来皇女(おおくのひ…

大津皇子「ももつたふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ」〜日常の岸で死を待つ、磐余の池に響いた鴨の声

ももつたふ 磐余(いわれ)の池に 鳴く鴨を 今日のみみてや 雲がくりなむ 現代訳 磐余の池で鳴いている鴨よ。その姿を、私は今日だけ見て終わるのだろうか。このまま雲の彼方へ隠れてしまうように、私はこの世を去ってしまうのだろうか。 歌の意味 この歌は…

時を超えて響く大和讃歌—さだまさし『まほろば』が描く悠久

「奈良(大和)の歌といえば?」そう問われたら、迷わず即答する。 さだまさしの『まほろば』 だ。 さだまさしは長崎出身であり、奈良に直接のゆかりはない。しかし、さだまさしほど、大和の国の本質を知るアーティストはいない。 楽曲の冒頭を飾る荘厳で重…

紀朝臣鹿人「岩走り 激ち流るる 泊瀬川 絶ゆることなく またも来て見む」〜激流よ永遠に、また必ず来よう、初瀬川のほとばしりへ

岩走(いはばし)り 激(たぎ)ち流るる 泊瀬川(はつせがわ) 絶(た)ゆることなく またも来て見む 現代訳 岩の上を激しくほとばしり流れる泊瀬川よ。その流れが絶えることがないように、私もまた絶えることなく、何度でもここを訪れて、この流れを見よう…

但馬皇女「人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る」〜噂の刃を越えて、禁断の恋の夜明けへ

人言(ひとごと)を 繁(しげ)み言痛(こちた)み 己(おの)が世に いまだ渡らぬ 朝川(あさかわ)渡る 但馬皇女が禁じられた恋の中で、人々の噂に苦しみながらも愛する人のもとへ通い、明け方に帰る様を詠んだ相聞歌である。 現代訳 人の噂があまりに多く…

「磯城島の 大和の国に 人二人ありとし思はば 何か嘆かむ」〜大和で詠まれた孤絶の恋

磯城島(しきしま)の 大和の国に 人二人(ひとふたり) ありとし思はば 何か嘆かむ 現代訳 磯城島(しきしま)の大和の国に、あなたのような人が二人いるのだと思えるなら、私はどうしてこれほどまでに嘆くでしょうか。この国に、あなた一人しかいないから…

穂積皇子「降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の 寒からまくに」〜叶わぬ恋を雪に託して

降る雪は あはにな降りそ 吉隠(よなばり)の 猪養(いか違)の岡の 寒からまくに 本歌は、雪の風景を介して亡き但馬皇女への深い愛惜を述べた穂積皇子の挽歌であり、地名・雪・感情が緊密に響き合う万葉集屈指の叙情歌。 現代訳 降る雪よ、どうか、そんなに…

間人宿禰大浦「倉橋の 山を高みか 夜隠りに 出で来る月の 光乏しき」〜山影に沈む、私の満ちぬ月

倉橋の 山を高みか 夜隠(よがく)りに 出で来る月の 光乏しき 現代訳 倉橋山があまりに高いのであろうか。夜になって昇ってきた月の光が、どこか乏しく感じられることよ。 歌の意味 この歌は、月の光が弱く見える理由を「倉橋(くらはし)の山が高いから」…

大伴坂上郎女「妹が目を 始見の崎の 秋萩は この月ごろは 散りこすなゆめ」〜秋萩に託す、ひそかな恋の守り歌

妹(いも)が目を 始見(はつみ)の崎の 秋萩は 此月(このつき)ごろは 散りこすなゆめ 現代訳 始見(はつみ)の崎に咲く秋萩よ。どうか、この月の間だけは散らないでおくれ。お願いだから、けっして。 歌の意味 この歌は、大和国・跡見(鳥見)山麓に広が…

「射目立てて 跡見の岡辺の なでしこの 花ふさ手折り 我は行きなむ 奈良人のため」〜奈良の君へ運ぶ花、紀朝臣鹿人の万葉ラブレター

射目(いめ)立てて 跡見(とみ)の岡辺の なでしこの花 ふさたおり われはゆきなむ 奈良人のため 現代訳 跡見(鳥見)山の岡辺に咲くナデシコの花よ。その花をたくさん手折って私は持って行こう。奈良のあの人のために。 歌の意味 この歌は、奈良県桜井市に…

「うかねらふ 跡見山雪の いちしろく 恋ひば妹が名 人知らむかも」〜白雪に浮かぶ恋の名

うかねらふ 跡見山(とみやま)雪の いちしろく 恋ひば妹(いも)が名 人しらむかも 現代訳 跡見山(鳥見山)に降り積もった雪のように、はっきりと目立つほどにあなたを恋しく思ったなら。きっと人々は、あなたの名を知ることになるでしょうか。 歌の意味 …

「隠国の 泊瀬の山に 照る月は みちかけしけり 人の常なき」〜移ろう光に託した無常の万葉集

隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山に 照る月は みちかけしけり 人の常なき 現代訳 泊瀬(現在の奈良県桜井市長谷寺の付近)の山に照る月。その月が欠け満ちるように、世の中のことも、人の心も、なんと移ろいやすいことだ。 歌の意味 この歌は、奈良県…

松尾芭蕉「春の夜や 籠り人 ゆかし 堂の隅」〜長谷寺の一夜、芭蕉の胸を打った影一つ

春の夜や 籠(こも)り人 ゆかし 堂の隅(すみ) 現代訳 春の夜。ほの暗い灯明のともるお堂の片隅で、じっと祈り続ける“籠り人(こもりびと)”。その女性の姿がなんともいえず心惹かれる。 歌(句)の意味 この句は、松尾芭蕉が大和・長谷寺を訪れた折に詠ん…

小林一茶「我もけさ 清僧の部也 梅の花」〜梅の香に僧となる、長谷寺で迎えた清澄の朝

我(われ)もけさ 清僧(せいそう)の部(ぶ)也(なり) 梅の花 現代訳 今朝の私は、まるで心の澄んだ僧侶の仲間入りをしたかのようだ。梅の花の清らかな香りと姿を前にしていると、そんな気持ちになる。 歌の意味 この句は、江戸後期の俳人・小林一茶が大…

柿本人麻呂「春山は 散り過ぎぬとも 三輪山は」〜山は蕾、恋を抱きしめて春を留める

春山は 散り過ぎぬとも 三輪山(みわやま)は いまだ含(ふふ)めり 君待ちかてに 本歌は、三輪山の蕾に“逢えぬ恋の心”を託した、柿本人麻呂の象徴表現の秀作である。 現代訳 春の山々では桜がもう散ってしまったのに、三輪山だけは、まだ蕾をふくらませてい…

丹波大女娘子「味酒を三輪の祝がいはふ杉」〜触れてはならぬ杉、触れてしまった恋

味酒(うまさけ)を 三輪の祝(はふり)が 斎(いは)ふ杉 手触(てふ)れし罪か 君に逢ひかたき 三輪の杉が裂く恋路、触れた“罪”が二人を遠ざけるを歌っている。 現代訳 三輪の神に仕える祝(はふり)が、神聖な杉(御神木)に、触れてしまったのだろうか。…

藤原鎌足「われはもや安見児得たり皆人の得難にすといふ安見児得たり」〜万葉に輝く“恋と恩寵”

我(わ)はもや 安見児(やすみこ)得たり 皆人(みなひと)の 得(え)かてにすといふ 安見児(やすみこ)得たり 現代訳 ああ、ついに私は安見児(やすみこ)を手に入れた。だれもが手に入れられないと言っていた、その安見児を、私は得ることができたのだ…

柿本人麻呂「ひさかたの 天行く月を 網に刺し 我が大君は 蓋にせり」〜月を狩る、天を網打つ詩人

ひさかたの 天行(ゆ)く月を 網(あみ)に刺し 我が大君は 蓋(きぬがさ)にせり 現代訳 遥かな天空を渡ってゆく月を、まるで網ですくい取るかのように、わが大君はその月を御傘(きぬがさ)としていただいておられる。 歌の意味 この歌は、長皇子(ながの…

柿本人麻呂「巻向の桧原も未だ雲いねば小松が末ゆ淡雪流る」〜三輪山、冬の奇景色、冬の対比美

巻向(まきむく)の 桧原(ひばら)も未(いま)だ 雲いねば 小松が末(まつ)ゆ 淡雪(あわゆき)流る 現代訳 巻向(まきむく)の檜原(ひばら)の空には、まだ雲もかかっていないというのに、その手前にある小松の梢には、淡い雪がさらさらと流れ落ちてい…

「天雲に 近く光りて 鳴る神の 見れば畏し 見ねば悲しも」〜恋は雷のごとく、愛さずにいられない

天雲に 近く光りて 鳴る神の 見れば畏(かしこ)し 見ねば悲しも 現代訳 遠い天から光っては轟く雷鳴は見るからに恐ろしい。でも拝まないと悲しい。 (同じように、あなたのことを、見ればおそれ多いが、見なければ、会えなくて悲しい) 歌の意味 この歌は、…

鏡王女「秋山の木の下隠り行く水のわれこそ増さめ思ほすよりは」〜声なき愛、葉陰に流るる恋

秋山の 木(こ)の下隠(がく)り 行く水の 我われこそ益(ま)さめ 思ほすよりは 現代訳 秋の山の木々の葉陰を、流れ隠れていく水のように、姿は見せませぬが、私はお慕い申し上げています。あなたがお思いになるより、もっと深く、もっと強く。 歌の意味 …

「藤原の大宮仕へ生れ付くや処女がともは羨しきろかも」〜藤原京を彩る“はじまりの歌”

藤原京のコスモス畑 藤原の 大宮仕へ 生(あ)れつぐや 処女(おとめ)がともは 羨(とも)しきろかも 単なる羨望や恋の詩ではなく、藤原京の清浄と繁栄を象徴する宮廷讃歌である。その背後には、天皇を中心とする国家の秩序と美への憧れ、そして新しい都に…

「こもりくの 泊瀬の山 青幡の 忍坂の山は走り出の よろしき山の出立の くわしき山ぞあたらしき山の 荒れまく惜しも」〜万葉の山に息づく祈り

こもりくの泊瀬(はつせ)の山 青幡(あおはた)の 忍坂(おさか)の山は走り出の よろしき山の出立(いでたち)の くわしき山ぞあたらしき山の 荒れまく惜しも 現代訳 泊瀬の山、忍坂の山は、家から出たところから見える美しい山です。この立派な山をいつま…

柿本人麻呂「こもりくの 泊瀬の山の 山の際に いざよふ雲は 妹にかもあらむ」

こもりくの 泊瀬(はつせ)の山の 山の際(ま)に いざよふ雲は 妹(いも)にかもあらむ 柿本人麻呂が亡き妻の魂を山の雲に感じ取った挽歌であり、自然と人の情を溶け合わせた日本的な死生観を端的に示す名作である。 現代訳 こもりくの泊瀬の山のあたりに、…

雄略天皇「籠もよ み籠持ち ふくしもよ」早春の妻問い〜万葉集のはじまり、恋が生まれた丘

籠(こ)もよ み籠(こ)持ち ふくしもよ みぶくし持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告(なの)らさね 空(そら)見つ 大和の国は おしなべて われこそ居(お)れ しきなべて われこそませ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも 現代訳 美しい籠を持ち…

舒明天皇「夕されば 小倉の山に 臥す鹿の 今夜は鳴かず い寝にけらしも」〜恋の成就を告げる沈黙

夕されば 小倉(おぐら)の山に 臥(ふ)す鹿の 今夜は鳴かず い寝にけらしも 現代訳 夕方になると、いつも小倉山で鳴く鹿が、今夜は鳴きもせず、静かに眠ったようだ。恋しい相手と、ついに添い寝できたのだろう。 歌の意味 この歌は、秋の夕べに小倉山に住…

「苦しくも 降り来る雨か 神の崎 狭野の渡りに 家もあらなくに」〜長忌寸奥麿、雨の中の万葉旅人

苦しくも 降り来る雨か 神(みわ)の崎 狭野(さの)の渡りに 家もあらなくに この歌は、万葉集の中でも早い時期に現れる「旅の歌」の代表例であり、自然と向き合う人間の弱さ、そしてそれを超えていく力を象徴している。 現代訳 なんとつらいことだろう、こ…

「三諸は人の守る山本辺にはあしび花咲き末辺には椿花咲くうらぐはし山そ泣く子守る山」〜あしびと椿の咲く山 、 古代人が愛した三輪

三諸(みもろ)は 人の守(も)る山本辺(もとべ)は 馬酔木(あしび)花咲き末辺(うらべ)は 椿(つばき)花咲くうらぐはし山そ 泣く子守(も)る山 現代訳 三輪山は、人々が心をこめて大切に守り続けてきた山。その麓には馬酔木(あしび)の花が咲き、山…

中大兄皇子「香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき」〜神も天皇も恋に争う、 大和三山の恋物語

香具山(かぐやま)は 畝傍(うねび)ををしと 耳梨(みみなし)と 相争(あいあらそ)ひき 神代(かみよ)より かくにあるらし 古(いにしえ)へも 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき 中大兄皇子が大和三山の神話を題材に、人間の恋愛の本質…